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2つの老い”と外国人居住者の問題の共通点

国土交通省によると、2022年末時点で築40年以上のマンションは全国で約125.7万戸。10年後には約2倍、20年後には約3.5倍に増えるといわれています。建物の老朽化が進む一方で、マンションの住民や所有者の高齢化も進んでいます。この“2つの老い”が、今大きな問題となっているのです。“2つの老い”の背景には、現行法の問題点があると吉原先生は指摘します。

「法律学では、法を大きく公法と私法に分類します。マンションの法は、従来、基本的に私法の範疇であり、『マンションの管理は自分たちでやってください』と私人に委ねられてきました。マンションの管理や建て替えは、所有者が自分たちで決めて、自らお金を集めて行っていたわけです。でも所有者たちが高齢になると、管理に十分な力を割くことができず、廊下やエレベーターの補修さえできない。つまり、法的な負担を負えなくなっている。従来の法律が想定していたやり方が使えなくなっているのです」

近年の日本では、外国人居住者や投資目的でマンションを購入する外国人が増えています。こういった外国人の増加と“2つの老い”の問題は、別々の話に見えますが、法律学の観点では実は共通点があるそうです。

「マンションの所有者たちが高齢になると、集会で話し合って多数決で決めていくというプロセス自体が難しくなってきますよね。日本語を話せない外国人が、居住や投資の目的でマンションを購入した場合も、一緒に話し合って管理をしていくのは難しいことも多いでしょう。どちらも『私人による集団的意思決定が困難である』という本質は共通しています」

ただし、これらの問題は「21世紀の今だから起きている特別な問題ではない」と吉原先生は続けます。

「高齢者や外国人居住者が増えたことは、現代ならではかもしれません。でも、多様な人たちがいることは昔も今も変わらないですし、昔は反社会的勢力がマンションを購入したことで管理を妨害されるといった問題も起きていました。つまり、私人による集団的意思決定の困難は常にあったということです」

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改正に向けて検討が進む区分所有法

集団的意思決定の困難への対処として、マンションの法の中核を担う『建物の区分所有等に関する法律(以下、区分所有法)』が注目されています。区分所有法とは、集団的意思決定のルールのほか、廊下やエレベーターといった共有部の利用など、マンションを私人が集まって管理を行うことに関わる基本的なルールを定めた法律で、1962年の制定以来、約20年ごとに改正されてきました。この20年という周期について「なぜか阪神タイガースが優勝する年に区分所有法が改正されるといわれているんですよ」と吉原先生は笑います。偶然にも、今回も阪神が優勝した2023年に区分所有法の改正案の議論が進み、2024年の通常国会で改正法が提出される予定です。

区分所有法の改正の背景には、マンションを含む日本の不動産全体を覆う要因として、所有者不明土地問題があります。現在の日本には、九州全土の面積を上回る所有者不明土地があるといわれており、経済活動を妨げてしまうことが深刻な問題となっていました。この問題を解消するため、2021年に民法が改正されました。「区分所有法の改正は、このときの積み残し課題」と吉原先生は説明します。

一方で、マンションに関わる法を見渡しても、その中心にあるはずの区分所有法の改正は遅れている状況でした。マンション管理の判断をサポートする『マンションの管理の適正化の推進に関する法律(以下、適正化法)』、マンションの建て替えをスムーズに行うための手続きやルールを定めた『マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下、円滑化法)』は、20年ほど前に制定されてからもたびたび改正されていたそうです。

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「“2つの老い”への対処として、適正化法と円滑化法はかなりの頻度で改正が進んでいますが、マンションの法の背骨である区分所有法だけが取り残されていたのです。一部の研究者からは、マンションの法の全体の体系にもっと配慮するべきではないかという指摘もされてきました」

今回の改正では、多数決割合を引き下げる、リノベーションを可能とする決議のメニューを増やすなど、集団的意思決定のハードルが従来よりも低くなる予定です。ただし、あくまでも従来の法制の延長線上に留まっていると吉原先生は言います。

「将来的には、区分所有法を中心とした体制自体を変更し、いわば、『マンション法』としてマンションのみを正面から見た一つの法律にしていくべきではないかと思います」

マンションの未来には“公私協働”が不可欠

今後、少子高齢化がさらに進む中で、日本におけるマンションや都市はどのように変化していくのでしょうか。吉原先生は「将来的には、居住できるエリアが限られていく」と予測します。

「少子高齢化の先にある人口減少社会においては、中小都市のレベルでは中核部分にしか人が住めなくなるでしょう。人口が減ると、経済力も落ちていくことが当然見込まれますので、今のようにどこでも水道やインターネットがつながるような社会は維持できなくなる。社会インフラが整備されるエリアは限られていくため、いわゆるコンパクトシティという選択肢が、もっと喉元に突きつけられる形で検討される社会になると思います」

いずれは「ここにマンションを作られたら困ります」あるいは「マンションの解体に向けた準備も進めてください」といった行政による制限も増えていくだろうと吉原先生は話します。

「そうなると、私人による集団的意思決定に委ねるという、区分所有法の建て付けそのものも見直していかなければいけません。これまでは私人が自由に決定できたことが、インフラ整備や都市計画といった行政の方針に基づいて、公的な配慮の下での調整が必要になるでしょう」

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 私人による意思決定ができなくなるとしたら、今後はマンションの管理や建て替え、取り壊しなどを誰がどのようにコントロールしていくのでしょうか。

「現状は、区分所有者という私人が全てを決めるということになっていますが、判断の担い手を1人に決めておくという発想自体を切り替えるべきではないでしょうか。特定の導き手が全てを背負って行うというのではなく、もっと全体の法制の枠組みを考えていく必要があります。私人以外の主体がどうやって社会を導いていくかという問題に関する議論は、私法学ではなく公法学、例えば憲法学や行政学といわれる分野にたくさんの蓄積があります」

例えば、議会で話し合ったり、住民の意見を集積したりすることで、地域の未来像を見出していく、あるいは特定のNPO団体に権限を付与するなど、公的な課題をクリアするための手法は公法学に多く蓄積されていると吉原先生は語ります。

「これからは公と私の連携を考えて仕組みを作っていく必要があると考えています。公法と私法は、これまで分断されていました。断続的に何度か問題提起はされてきたのですが、確たる枠組みには、なりきれていないのが現状です。しかし最近では、“公私協働”をそろそろ本気で考えなければいけないという認識が広がりつつあります。私はもともと、マンションという具体的な問題を扱いながら、学問的な交錯をどんどん深めていきたいと考えて研究を進めてきましたので、まさにそれが実現する状況が近づいています。法律学の中での“公私協働”の枠組みの考察を深めていくことが、今後の私自身の課題です」

マンション問題を考えることがまちづくりにつながる

さらに吉原先生は、マンションがまちづくりのツールになる可能性についても言及します。

「マンションは、近隣住民にも地域全体にも大きな影響を与える存在です。建物の老朽化による崩壊の危険性や、居住者が減ってスラム化するなど、近隣住民に具体的な不利益が生じるでしょう。一方、負の影響ばかりではありません。中心市街地にマンションを集中させて通勤時間を短縮する、景観を守りたいエリアにはマンションを建てず一部のエリアに集中させるといった、住宅政策や景観政策にもつながります。マンションはまちづくりのツールの一つになり得るわけです」

さらに、学校や保育園といった教育や子育ての問題や、森林保全などの環境問題を考える上でも、「マンションの問題はどこかで結びついてくる」と吉原先生。住んでいる人だけでなく地域全体に、正にも負にも影響を与えるマンションについて、私たちは地域の一員として普段からどのようなことを意識しておくべきでしょうか。

「地域にあるマンションが、築何年で、どういう管理をされていて、今後どうしていくんだろうということに、関心を持っていただきたいです。地域住民の声が集まると、自治体のマンション政策にもつながっていきます。逆に、地域の人たちが無関心だと、自治体側も『特に要望がないから』と対応しない、といった悪循環に陥ってしまいます。まずは関心を持つことが、これからの街のあり方を考えていく上でとても大切だと思います」

プロフィール

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法学部法学科 准教授 
吉原 知志

法学部法学科  准教授。

博士(法学)。2012年京都大学法学部卒業、2014年京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了、2017年京都大学大学院法学研究科法政理論専攻博士課程後期修了。香川大学法学部准教授を経て、20224月より現職。区分所有法、共有、団体を題材として、財産法の解釈問題、主に不動産の集団的な管理方法のあり方を研究している。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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