種子発育不全および子房落下
異なる植物間で交雑を行うと、種子が正常に発達しなかったり、肥大した子房(果実)が成熟前に落下(脱離)することがあります。私たちの研究により、これらの生殖隔離が完全に独立した現象ではなく、関連した現象であることがわかってきました。
種子発育不全と子房落下
植物の種間交雑や倍数体間交雑では、種子の発達過程に異常が生じて正常に発芽する種子が得られないことがあり、種子発育不全あるいは雑種致死(hybrid seed lethality)などと呼ばれています。一方、種間交雑では受精後に肥大した子房が成熟途中で落下してしまう現象も知られていましたが、この現象と種子発育不全に関連性があるのかは明らかにされていませんでした。
私たちはタバコの種間交雑(野生種×栽培種)において、正常な種子が採れる交雑組合せ、種子発育不全が生じる交雑組合せ、および子房落下が生じる交雑組合せを見出しました。下図は子房落下と種子発達の様子です(He et al. 2020)。種子が正常か、異常か、あるいは子房落下が生じるかは母親とする野生種の系統によって決まっています。
そこで、母親の系統によって異なる交雑結果が得られる理由を明らかにするために、両親の倍数性を人為的に操作して交雑実験を行いました。その結果、両親間の倍数性の違いが大きくなるにつれて、種子発育不全が段階的に深刻になっていき、重度の種子発育不全によって子房落下が引き起こされることを明らかにしました。例えば、4倍体×4倍体では正常種子が得られ、8倍体×4倍体では種子発育不全、16倍体×4倍体では重度の種子発育不全および子房落下が生じました。さらに、父親の倍数性を増加させて交雑することで、これらの生殖隔離を克服することができました。
下図は正常な種子発達(上から1段目)、倍数性の異なる種間交雑での種子発達の異常(2段目)、両親の倍数性を操作することで、種子発達異常の正常化(3段目)あるいは促進(4段目)が認められることを捉えた観察結果です(He et al. 2020)。
さらに、このような両親の倍数性の違いによって生じる種子発育不全および子房落下は、種間交雑だけではなく、同じ種の倍数体間交雑でも同様に生じることが判明しました(He et al. 2022)。
種子発育不全を解明するために
これまでの研究で明らかにしたように、子房落下の根底にあるのは種子発育不全です。種子発育不全と子房落下の仕組みを解明するために、特に種子発育不全のメカニズムに注目して研究を続けています。
種子発育不全および子房落下に関連する発表論文
*:Corresponding author(責任著者)
- Masanobu Mino*, Clément Lafon Placette, Takahiro Tezuka (2023) Editorial: Molecular insights in plant reproductive isolation barriers. Frontiers in Plant Science 14: 1257823. https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1257823
- Hai He, Kumpei Shiragaki, Takahiro Tezuka* (2023) Understanding and overcoming hybrid lethality in seed and seedling stages as barriers to hybridization and gene flow. Frontiers in Plant Science 14: 1219417. https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1219417
- Hai He, Kumi Sadahisa, Shuji Yokoi, Takahiro Tezuka* (2022) Parental genome imbalance causes hybrid seed lethality as well as ovary abscission in interspecific and interploidy crosses in Nicotiana. Frontiers in Plant Science 13: 899206. https://doi.org/10.3389/fpls.2022.899206
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Kenji Kawaguchi, Yuichiro Ohya, Maho Maekawa, Takahiro Iizuka, Akira Hasegawa, Kumpei Shiragaki, Hai He, Masayuki Oda, Toshinobu Morikawa, Shuji Yokoi, Takahiro Tezuka* (2021) Two Nicotiana occidentalis accessions enable gene identification for Type II hybrid lethality by the cross to N. sylvestris. Scientific Reports 11: 17093. https://doi.org/10.1038/s41598-021-96482-6
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Hai He, Shuji Yokoi, Takahiro Tezuka* (2020) A high maternal genome excess causes severe seed abortion leading to ovary abscission in Nicotiana interploidy-interspecific crosses. Plant Direct 4(8): e00257. https://doi.org/10.1002/pld3.257
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Hai He, Takahiro Iizuka, Maho Maekawa, Kumi Sadahisa, Toshinobu Morikawa, Masanori Yanase, Shuji Yokoi, Masayuki Oda, Takahiro Tezuka* (2019) Nicotiana suaveolens accessions with different ploidy levels exhibit different reproductive isolation mechanisms in interspecific crosses with Nicotiana tabacum. Journal of Plant Research 132(4): 461-471. https://doi.org/10.1007/s10265-019-01114-w
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手塚孝弘*・一谷勝之・松本雄一・何海・木下哲・宅見薫雄・久保山勉(2019)植物の生殖隔離機構解明に向けて ―多様性と統一性―.育種学研究 21(1): 75-80. https://doi.org/10.1270/jsbbr.21.W05