岩熊典乃
研究者紹介
岩熊典乃 /准教授 社会思想史、政治経済学
キーワード:資本主義、エコロジー、フランクフルト学派、マルクス、ナチズム
「「自然」概念をめぐる社会思想史」
「自然」という言葉は、一見して「社会」の領域と無関係であるようで、この言葉が用いられる社会のあり方を如実に反映してきました。私たちが生きる現代社会のあり方がおおまかに方向づけられた西欧近代に限定しても、「自然」という言葉は「人間が生まれながらにして持つ権利(自然権)」を根拠づけるために用いられたかと思えば、また次の時代には、自然権として根拠づけられたはずのものをも蹂躙する、過酷な「生存競争」の原理を説明するために用いられました。「自然」という言葉の用いられ方は、権力や規範や経済の在り方と密接に結びつき、優れて政治的なテーマであり続けてきたのです。
「自然」という言葉をめぐって何が語られ、その語りにはいかなる「社会」が反映されてきたのか、また私たちは「自然」と「社会」の関係をめぐっていかなるあり方を構想していくことができるのか、これらの問いが私の大きな研究テーマです。
Heil Göring!――ナチス指導者たちの「動物愛」を風刺した漫画。よく見ると蛙も敬礼している!(ハイデルベルク大学図書館所蔵)
https://doi.org/10.11588/diglit.2313#0569
現代における「自然」という言葉の語られ方を検討するうえで無視しえないのは、第一に環境危機、そしてこの危機を方向づけてきた資本主義というシステムの問題です。気候変動をめぐる国際協定で「産業革命以前の気温」が基準となっているように、資本主義社会に始まる工業化と自然の商品化は、現在の危機と密接な関係にあります。気候変動は紛争や社会不安や分断、格差や排外主義の要因に、今後ますますなっていくでしょう。
私が大阪公立大学で担当している政治経済学分野は、他の経済理論が暗黙の前提としている資本主義というシステムそのものを批判的に問い直し、歴史的に相対化する視点を特色としています。資本主義が「人間と自然の関係」や「人間と人間の関係」をどのように規定してきたか、そして自然ではなく社会をどのように変えていくことができるか、学生の皆さんとともに考えていきたいと思っています。
私が現在具体的に取り組んでいる研究テーマは次の3点です。
- ナチズム、スターリニズム、アメリカ型資本主義社会をにらみながら社会批判を展開した知識人集団「フランクフルト学派」の面々において、「自然支配」批判というテーマはどのように形成・共有され、またどのような射程を持っていたか。
- ナチズムにおいて「自然」や動物や生命はどのように語られていたかを、同時代の民族主義的・優生学的なエコロジー議論との関係で批判的に検討していくこと。
- 以上の研究をもって、「エコロジー危機の時代の社会理論」の構想に寄与すること。

イスタンブールの街中でよく見かける、路上で伸び伸びと昼寝する、丸々と太った地域犬。とっても気持ちよさそう。(著者撮影)
参考文献
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岩熊典乃 「初期フランクフルト学派と『自然に対する社会的諸関係』の危機」、経済社会学会編『経済社会学会年報』、38巻、171-184頁、2016年
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岩熊典乃 「ナチズムと『自然』――W. シェーニヒェン『第三帝国における自然保護』(1934)を読む」、大阪産業大学学会編『大阪産業大学経済論集』、23巻2号、43-64 頁、2022年
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U.ブラント/M.ヴィッセン著、中村健吾/斎藤幸平監訳、明石英人/岩熊典乃/岡崎龍/表弘一郎訳 『地球を壊す暮らし方――帝国型生活様式と新たな搾取』 岩波書店、2021年