卒業生訪問
2024年10月10日
「屋台」というケンチク|今村謙人(ケンチクカ)
一言に「建築」といっても、解釈の仕方は人それぞれだ。
建物とまちとのかかわりをつくること、人々のアクティビティを誘発するような建物のデザインをすることなど、「建築」という言葉には、さまざまな意味での設計や構築の行為も含まれている。「建築」とは、必ずしも建物を建てることだけを指すわけではないのだ。
そんな大切なことを私たちに気づかせてくれる先輩の一人が、「カモメ・ラボ」の今村謙人さんだ。今村さんは「屋台」という仕掛けを通じて、今日もまちのどこかで、型にはまらない新たな「建築」を続けている。
仕掛け人がまちにやってくる
多様な文化と人が交じり合い、せわしなくも温かみのある雰囲気が漂い、にぎわいを見せるまち、難波。ここで何やら、新たな仕掛けを準備している人がいる。
彼の名前は、今村謙人さん。この日は、お昼の12時頃から「なんばパークス」のカーニバルモールで、黙々と準備を開始した。大きく広げたブルーシートの上に、木材や工具を次々と並べていく。一体、何が始まるのか。道行く人たちは、今村さんが何をしているのか不思議そうに目を向けながら、通り過ぎていく。
今村さんは今日、屋台づくりのワークショップを開催するために、ここにやってきた。
DJ屋台づくりワークショップ
午後1時、ブルーシートの周りに小学生や親子連れなど、さまざまな参加者が続々と集まってきた。
今村さんが今日行うのは、「DJ屋台づくりワークショップ」だ。今村さんがあらかじめ用意した工具や木材を使って、参加者たちが協力して屋台を組み立てる。またそこには、スピーカーや機材を取りつける。そして完成した「DJ屋台」に立ち、好きな音楽をまちに向けて流し、みんなで楽しもうという、1日がかりのイベントだ。
今回のワークショップの開催経緯を、主催者の一人である株式会社ロフトワークの服部木綿子さんにうかがった。今村さんとは以前、屋台づくりのワークショップで出会い、今回のプロジェクトにも参加してもらえないかと声をかけたそうだ。
服部 今回のワークショップは、南海電鉄さんが打ち出したクリエイターインレジデンスプログラム「Chokett(チョケット)」というプロジェクトのプレイベントです。
難波って遊びに来たり、買い物したり、働いたり、いろいろなことができる場所だけど、通り過ぎるだけで寄らずに行ってしまう人たちも多い。もっとまちの隙間や空いてる場所を利用して、何か面白いことが生まれ続けていくといいな、と。そこでこの秋から、クリエイターさんと一緒に、まちで実験的にさまざまなアクションをやってみることになりました。
「チョケット」の意味は「ちょける」と「ロケット」が掛け合わされています。ちょっとふざける、真剣にやるんだけど、ちょっと遊び心を持ちながらやっていこう、と。また「ロケットは」、かつて南海難波駅にあった「ロケット広場」(現在は「なんばガレリア」)のロケットがまちの象徴だったことから、みんなでアイデアも飛ばしていこうという意味を込めました。
「Chokett」プロジェクトの広告と「DJ屋台づくりワークショップ」の看板。
屋台づくりといっても、なぜ「DJ屋台」なのか。それは、気軽にさまざまなことを表現できる空間やステージがあれば、まちがもっと面白くなるのではないか、という想いに加え、なかでも音楽は誰でも関わることができ、にぎわいも生まれやすいと考えたから、だという。
午後1時15分頃。子どもから大人まで25人ほどが、これから始まることにワクワクしながら、今村さんの説明に熱心に耳を傾けている。「今日は1日、よろしくお願いします!」というかけ声とともに、ワークショップが始まった。
まずは工具の説明から。子どもたちは、初めて手にするだろう工具に興味津々だ。インパクトドライバーでビスを打つ方法を習い、実際に自分の手でやってみる。周りの子どもも大人も、みんなの視線が、ビスを打つ子どもの手元に釘づけになる。
インパクトドライバーを使って屋台の骨組みにビスを打つ子どもの手元に、周囲の視線が集まる。
「屋台」との出会いが人生を変える
そもそも、なぜ今村さんは「屋台」を通した設計やまちづくりの活動をしているのだろうか。
今村さんが屋台に出合ったのは、妻のソエさんとの新婚旅行で世界一周に出かけたとき。一歩、日本を飛び出してみると、路上での商売に寛容な国々ばかりだった。みんなが思い思いに店を構え、自由に商売を繰り広げる景色は、今村さんの目に強く焼きついた。
旅を初めて約2ヶ月。インプットし続ける日々に飽きてきた頃、何かアウトプットできることはないかと考え思いついたのが、「屋台」だった。屋台を始めるといっても、そこはメキシコ。言葉も食文化も、何もかもが日本と異なる。しかし、今村さんのすごいところは「とにかくやってみる」というチャレンジ精神が強かったこと。不安をよそに、七輪は宿で借り、市場で仕入れた鶏肉に串を打って焼き鳥をつくった。そして「1本10ペソ、3本20ペソ」(当時のレートで1本約70円)と書いた紙を七輪の前に貼って、路上で焼き鳥を販売しはじめたのだ。警察に移動するよう注意を受けることもあり、最初は遠くから見ている人ばかりだったが、徐々に七輪の周りに人が集まりはじめ、一人が買うと、次々とそれに続いた。今村さんはそこで、自分がつくったものが完売するという達成感や商売の面白さ、屋台を通したコミュニケーションの楽しさを、身をもって知った。
メキシコの路上で焼き鳥を売る今村さんと、周りに集まるお客さんたち。(画像提供:今村謙人)
今村さんは大阪市立大学、大学院で建築デザインを学び、修了後は設計事務所に就職した。しかし、その事務所を1年でクビになり、無職になってしまった。その後は、お世話になっていた建築家の方の紹介で、DIYリノベーションのプロジェクトに参加したり、飲食店での仕事をしたりしてきた。
こうした過去のさまざまな仕事を渡り歩いた経験と、世界一周旅行で屋台を実践した経験が見事に重なって、今村さんの人生は大きく変わることになった。現在、今村さんは、行政をはじめ、多様なクライアントから依頼を受けて、まちづくりの事業や屋台づくりのワークショップに携わっている。個人としても、あらたに「屋台の学校」というプロジェクトもスタートし、屋台や屋台づくりの面白さを教えている。そして時々、自分でも屋台を引いてまちへ繰り出して「橋ノ上ノ屋台」を開催している。
今村さんが自ら屋台プレーヤーとなって不定期で開催している「橋ノ上ノ屋台」。(画像提供:今村謙人)
「屋台」の魅力はここにあり
「DJ屋台づくりワークショップ」は、工程通りに作業が進んでいく。最初に比べると、子どもたちの手つきもだいぶ慣れてきた。積極的に工具を手に取るようになり、交代で工具を使う中で、自分の順番が回ってくるのが待ち遠しそうだった。
今村さんは、みんなが平等に携われるよう、順番に機会を与えていく。常に周りに気を配り、誰ひとり取り残さないところに、とても驚かされた。同時に「来る者拒まず」なスタイルにも驚いた。人通りの多い場所でワークショップをしていると、飛び入りで参加してくる人もいるが、そんな人たちのことも快く受け入れる。
スピーカーや機材を取り付ける、屋台の上段部分を制作しているところ。
今村さんには、人を巻き込む力がある。ワークショップを重ねるごとに身についてきたものなのか、それとも今村さんが生来持ち合わせていたものなのか。今村さんの人柄に魅了されてワークショップに参加する人たちもたくさんいる。今日のワークショップの参加者の一人に、お話を聞いてみた。
できあがった上段を、土台に載せて取り付ける。
参加者 今日は、今村さんのワークショップのコツを盗みに来ました(笑)。僕自身も、オフィスなどの内装改修のワークショップをやることがあるんです。子どもたちを楽しませることは大変ですが、子どもたちが集まると、親たちも、親じゃない大人たちも、自然とオーディエンスとして集まってくる。今村さんの屋台づくりのワークショップは、それが自然にできていますよね。そのコツは何か、じっくり観察したいと思います(笑)。
「屋台」は「建築」か?
果たして、「屋台」は「建築」と言えるのだろうか。恥ずかしながら、以前の私は「建築」といえば建物の設計をすること・建設することしかイメージできていなかった。しかし建築を学びはじめて、「建築」という言葉や行為には、解釈のしかたが数多くあることに気がついた。
屋台を営業するには、自治体への営業許可申請が必要になるなど、制約もある。しかし、建築基準法上の動かない「建築物」とは異なり、「屋台」という動く媒体を使うからこそできることがある。屋台があることで、そこにあらたな魅力ある空間を生み出すことができるかもしれない。今村さんは、「屋台」と「建築」の違いや境界を、どのように捉えているのだろうか。
今村 難しいね。でも一応「建築」という枠の中に「屋台」もいるみたいな感じだね。屋台をプロダクトとして考えると違うものに見えるけど、まちの見方・都市の見方という視点から考えれば、屋台と建築って、重なってる部分があるなと思う。建築されるまでの0から1のあいだを屋台が繋いでくれるときもあるし、建築の中に動く屋台がいることでマッチして面白くなることもある。
ただ、屋台はどちらかといえば、身体の延長として捉えられるなと思っています。建築はあるのが当たり前だけど、屋台はあるのが当たり前ではないから、屋台での振る舞いがその場所やそこにいる人に影響を与えていくなと思っていて。だからこそ、屋台がかっこよすぎて、その人らしくないと違和感がある。できるだけその人の延長を意識してデザインするように心がけているかな。
屋台をやる側は、屋台というフレームがあるから自分を演じられる、スイッチが入るみたいなところもあるし、お客さん側としても、遠くから見たときにお店っぽく見えると立ち寄りやすいと思う。それが出会いや会話、売買という交換にも繋がるから、屋台は一つのコミュニケーションツールにもなっているんじゃないかな。
屋台がその場所にパーソナルスペースを生み出すことで、コミュニケーションが取りやすくなり、まちのいたるところで小さなアクションを起こすことができる。屋台が持つ可能性は、私たちが想像しているよりも、はるかに大きなものなのかもしれない。
「橋ノ上ノ屋台」は、今村さんと、共同店主の笹尾和宏さんの二つの屋台を向かい合わせに並ベて、あいだにスペースをつくる。歩行者の通行を妨げないように動線を考えた空間の使い方も、建築的な工夫だ。(画像提供:今村謙人)
今村さんはこの先も、「屋台」という仕掛けを通して、まちを面白く変えていくだろう。屋台づくりや実践法をレクチャーする側として、あるいは自ら屋台を営むプレーヤー側として、今どんな未来を描いているのだろうか。
今村 「カモメ・ラボ」は「実験を通して新しい日常をつくる」というテーマを掲げています。屋台を使った活動の手法を、実験的・仮説的なイベントを通して検証し、失敗をも受け入れながらブラッシュアップしていく。そして、社会実験の中であらゆる人を巻き込みながら、まちづくりをしていきたいですね。
そして、「建築」って、もうちょっと開いていても良いのかなと思っていて。一般の人からすると、図面を引いて建物を建てるって、とてもハードルが高いイメージだと思う。だけど、屋台の延長で建築を気軽に捉えてみると、いろいろな人が関われる余白があるんじゃないかな。建築が多様な人に開かれたものになることで、空間だけにとどまらず、働き方、暮らし方、生き方みたいな、もっと面白いところに繋がっていくように思っています。
「屋台」という建築とともに進む
午後5時、ついに完成した「DJ屋台」で、音楽を流す。
DJプレーヤーが屋台に立ち、スマートフォンを繋いで盛り上がる曲を流せば、参加者はもちろん、道行く人からも自然と笑顔があふれる。屋台の周りには、子どもから大人までたくさんの人が集まり、歌ったり踊ったり、写真を撮ったりしている。子どもたちは、時折DJになりきって腕を振り、場を盛り上げる。その後も長い時間、子どもたちは自分たちで作り上げた屋台に群がっていた。
完成した「DJ屋台」。ポリタンクを転用したスピーカーにネオンカラーの照明を仕込んだり、大小の車輪をスピーカーの丸いフレームに見立てたりして、デザインも凝っている。(画像提供:今村謙人)
ワークショップ終了後の今村さんは、私たちには「ほんと疲れたよ(笑)」と何度も苦笑いしていた。しかし、完成した屋台や、次々に音楽を流そうと屋台に立つ参加者を笑顔で見守る今村さんの表情は、私にはどこか誇らしげにも見えた。
一緒にものづくりをすることで仲間意識が生まれ、他人への配慮や譲り合いの精神が育まれ、そして達成感が倍増していく様子を、あらためて目の当たりにした。そして、そこに「屋台」があることで自然とコミュニケーションが始まり、まちの中に新たなアクティビティが生まれる。「屋台」はまだまだこれからも、まちに彩りを与え続けそうだ。
おわりに
今村さんへの取材を通して、あらためて「建築」という言葉に固定概念を持っていることに気づかされました。ケンチクは開かれたものであり、誰もが想像し、デザインし、つくることができる。「ルールで区切るのではなく、できるだけいろいろな人が楽しめるように、許容し受け入れること」、そして何よりも「自分が楽しむこと」を大切にされているからこそ、たくさんの人が今村さんの周りには集まってくるのだと感じました。
また「建築」とは、「屋台」とは、「まちづくり」とは、「仕事」とは……。いろいろなものやことを定義づけようとしなくても、重なり合っている部分があったり、そうではなかったり、柔軟に考えれば良いのではないか、そうすることで新たな発見が生まれるのではないか、と思うようにもなりました。
そして最後に、形があるようなないような、そんな曖昧なケンチクというものにこれからも携わっていく一人として、私も、少しでもまちに彩りを与えられる存在になりたいと思いました。
今村謙人 いまむら・けんと
カモメ・ラボ代表。2011年、大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻建築デザイン研究室を修了。2011年~2012年、株式会社オープン・エー勤務。その後、設計事務所や飲食店勤務を経て2015年、夫婦で世界一周新婚旅行に出かける。帰国し、2017年、カモメ・ラボ設立。「実験を通して新しい日常をつくる」というテーマを掲げ、屋台づくりや出店のほか、社会実験などのプロジェクトやイベント企画などを幅広く手掛けている。
2023年9月23日 なんばパークス「DJ屋台づくりワークショップ」にて
取材/川上未帆(建築計画・構法研究室修士2年)、遠藤圭太(建築学科3年)
まとめ/川上未帆
写真/遠藤圭太
編集協力/贄川 雪(外部)
※学年は取材当時