研究内容

Research

研究内容

創薬生命工学グループでは、バイオテクノロジーを駆使し、モノクローナル抗体の新規作製法の開発、ならびに抗体を利用した様々な応用研究を展開している。はじめに抗体について説明する。

はじめに

モノクローナル抗体を用いた遺伝子発現メカニズムの解析

私たちの身体には細菌やウイルスなど外来の異物から身を守るシステムが存在し、それを免疫と呼ぶ。抗体は、免疫システムが作り出す生体物質のひとつでYの字の形をしており、例えるならば忍者が使う手裏剣を想像していただきたい。免疫システムの主役である白血球(忍者)が放つ飛び道具が抗体(手裏剣)である。それ自身の殺傷能力はさほど高くはないが、抗体の特徴は敵を見誤らず確実に結合できる能力(高い特異性と親和性)を有することである。

本来、抗体は生体内で作られるが、細胞培養技術や遺伝子組み換え技術といったバイオテクノロジーを利用することで、生体外で作製・生産することができる。特にモノクローナル抗体は高い親和性と特異性で抗原に結合できることから、これまでに様々な物質に対する抗体が作製され、幅広い分野で利用されてきた。

例えば、モノクローナル抗体は異なる種類の細胞や分子を区別・特定できることから、細胞で機能するタンパク質の解析に必須の研究ツールであり、バイオ系の研究室で抗体を使わないところはないと言えるほどである。さらに、新型コロナなどのウイルス検査薬をはじめとして多くの検査薬や診断薬にも利用され、今や抗体は私達の暮らしに欠かすことができないものとなっている。

創薬生命工学グループにおいても、細胞のガン化や転移メカニズムの解明に自らが創出した抗体を用いて研究を進めている(詳細は後述)。

バイオテクノロジーの進歩により、動物で作製した抗体をヒト抗体に改変できるようになり、疾患の治療に用いる抗体、つまり抗体医薬の開発が一気に進み、実用化されるに至った。現在、抗体医薬は、がん、自己免疫疾患、炎症性疾患、感染症など、様々な疾患の治療に使用されている。特に、がん治療においては、特定のがん細胞を標的にして効果を発揮することが期待できるため、多くの抗体医薬の開発が世界中の研究者により精力的に進められている。また、抗体薬物複合体ADC、二重特異性抗体、CAR-Tなど、より高い薬効を持つ次世代型の抗体医薬フォーマットが開発され、すでに治療薬として臨床の現場で利用されているものも多い。創薬生命工学グループでは、がん細胞を標的とした抗体医薬シーズの開発や、他の研究室と共同で新しい抗体創薬モダリティの研究を行っている。

創薬生命工学グループで取り組んでいる研究テーマを以下に紹介する。これら以外にも、バイオテクノロジーを駆使した数多くのユニークな研究を進めている(研究メンバー欄参照)。

高性能モノクローナル抗体作製法を利用した創薬シーズの開発(立花)

診断および治療に用いるモノクローナル抗体は、高い特異性と親和性を有することが求められる。マウスモノクローナル抗体作製は一般的に細胞融合法を用いるが、ウサギやヒトなど優れた免疫システムを持つ動物由来のモノクローナル抗体を融合法で作製することは困難であった。そこで私たちは、大阪公立大学発バイオベンチャーである(株)細胞工学研究所の協力を得て、1つのリンパ球から抗体遺伝子をクローニングしてモノクローナル抗体を作製するシングルセル法を開発し、ウサギやヒトのモノクローナル抗体作製を可能にした。そして本作製法やショットガン法(後述)を利用して、様々な疾患の発症メカニズム解明や治療に寄与する抗体の開発を行っている。特に難治性がんである膵臓がんをターゲットとして高性能モノクローナル抗体を作製し、膵臓がんの治療法と診断系の開発に挑戦している(1-3)

膵臓がん特異的抗体を用いた抗がん剤耐性膵臓がん幹様細胞の免疫染色
コロニー形成した抗がん剤耐性膵臓がん幹様細胞の細胞表面に膵臓がん特異的抗体が結合している
緑:蛍光色素標識した2次抗体で膵臓がん特異的抗体を検出
青:DNA結合蛍光色素で細胞核を検出
  • (1)Generation of Rat Monoclonal Antibodies Against Human Pancreatic Ductal Adenocarcinoma Cells. Higashi K, Fujii N, Kushida M, Yamada K, Suzuki N, Saito K, Tachibana T. Monoclon. Antib. Immunodiagn. Immunother. 35(3), 148-54. 2016
  • (2) Carbohydrate 3’-Sialyllactose as a Novel Target for Theranostics in Pancreatic Ductal Adenocarcinoma. Higashi K, Maeda K, Miyata K, Yoshimura S, Yamada K, Konno D, Tachibana T, Saito K. Tumor Biology 42(10), 1-9. 2020
  • (3) 膵臓がん幹細胞に対する抗体 立花太郎、伊原寛一郎、堀裕一、清水一也 PCT/JP2022/017037

膜タンパク質をはじめとした高難度ターゲットに対する抗体作製法の開発(立花)

抗体医薬のターゲットの多くは、分泌タンパク質や膜タンパク質の細胞外領域である。特に膜タンパク質は複雑な構造を取ることから、モノクローナル抗体の作製は非常に難易度が高い。そこで私たちはターゲットとなる膜タンパク質を動物体内で強制発現させ、抗体産生を誘導する独自のDNA免疫法を開発した(1)。この方法は生体外での抗原調製が不要であり、ターゲットタンパク質をコードする遺伝子を導入するだけでそのタンパク質の立体構造を特異的に認識する抗体作製が可能である。さらに膜タンパク質だけでなく、ウイルス由来タンパク質など、高難度ターゲットに対する抗体をより効率よく作製するため、私たちは様々な膜タンパク質を利用して、DNA免疫に適した新規フォーマット開発などに取り組んでいる。また、この方法を利用して、ウイルス感染阻害抗体など創薬に繋がる開発を行っている。

DNA免疫モノクローナル抗体作製法
  • (1) Generation of the Rat Monoclonal Antibody Against the Extracellular Domain of Human CD63 by DNA Immunization. Xu L, Ihara KI, Yoshimura S, Konno D, Tachibana A, Nakanishi T, Tachibana T. Monoclon. Antib. Immunodiagn. Immunother. 39(3):74-76. 2020

三次元培養がん細胞モデルの確立と性状解析(横山)

三次元(3D)培養がん細胞は、生体内の腫瘍に類似した微小環境を有し、通常の培養法である二次元(2D)培養では確認されないコラーゲンなどを産生し、生体内の腫瘍に近い遺伝子発現パターンをもつ。したがって、3D培養がん細胞は腫瘍モデルとしての実験が可能とされている。横山はこれまでに3D培養大腸がん細胞を抗原としたモノクローナル抗体ショットガンアプローチ法により、3D培養がん細胞に高発現する因子の網羅的解析を実施した。この結果、3D培養がん細胞において発現量が増加する因子として、細胞骨格分子サイトケラチン18(1) 、アドヘレンスジャンクション構成分子IQGAP1(2)および解糖系酵素GPIを見出した。現在、これらの因子が腫瘍形成にどのように関わるのか、また、腫瘍内のがん細胞の特性を解析している。

  • (1) Generation of rat monoclonal antibody for cytokeratin 18 (CK18) by immunization of three-dimensional-cultured cancer cells
    Kenta Soeta, Katsuya Iuchi, Hisashi Hisatomi, Chikako Yokoyama
    Monoclon Antib Immunodiagn Immunother., 39:199-203, 2020
  • (2) Generation of rat monoclonal antibody for human IQGAP1 by immunization of three-dimensional-cultured cancer cells
    Kenta Soeta, Rina Yamaguchi, Katsuya Iuchi, Hisashi Hisatomi, Chikako Yokoyama
    Monoclon Antib Immunodiagn Immunother., 40:118-123, 2021

モノクローナル抗体ショットガンアプローチ法を駆使した、疾患や病態のメカニズム解明研究(横山)

モノクローナル抗体ショットガンアプローチ法とは、細胞などの“crude”な抗原を免疫し、さまざまな抗原に対して網羅的にモノクローナル抗体を作製する方法である。この方法では、これまでその細胞機能や疾患に関わると知られていなかった新規の分子を明らかにできる。横山はこれまでにこの方法を用いて、幹細胞認識抗体(1)、細胞形態変化誘導抗体や新規細胞死フェロトーシス検出抗体(2)を樹立した。現在は、細胞形態変化誘導抗体を用いたがん細胞の転移メカニズムの解明、およびフェロトーシス誘導メカニズムの解明に挑んでいる。

  • (1) Production and characterization of monoclonal antibodies to mouse germ cells
    Chikako Yokoyama, Yuko Katoh-Fukui, Ken-ichirou Morohashi, Daijiro Konno, Masayuki Azuma, Taro Tachibana
    Hybridoma, 29:53-57, 2010
  • (2) Characterization of a rat monoclonal antibody raised against ferroptotic cells
    Sho Kobayashi, Yumi Harada, Takujiro Homma, Chikako Yokoyama, Junichi Fujii
    J Immunol Methods., 489:112912, 2021

発表論文

これまでに発表した論文はこちら