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リンさんの無罪判決
「…さいこうさいでむざいはんけつがでてから1ねんがたちました。がいこくじんでむざいになるのは本当にめずらしいことなので、今でもしんじられませんが、かこ2ねんかん、べんごしとみんなさまと私はむざいはんけつをえるためにいっしょうけんめいどりょくしてきました。みんなさまにこころよりかんしゃもうしあげます」。 これは、ベトナム人元技能実習生のレー・ティ・トゥイ・リンさん(以下、リンさん)が書いた手紙です。熊本県内のみかん農園で働いていたリンさんは、2020年11月に住まいであった民家で一人で双子の男児を死産しました。遺体をタオルにくるみ、二重の段ボール箱に入れて部屋の棚の上にひと晩置いたところ、「死体遺棄」の容疑をかけられて逮捕、起訴されました。一審の熊本地裁、二審の福岡高裁とも執行猶予付きの有罪判決でしたが、支援者に支えられながらリンさんは裁判で闘い、2023年3月に最高裁判所で逆転無罪判決を得ました。 この手紙は、無罪判決から1年後、逮捕後からリンさんを支援し続けた市民団体「コムスタカー外国人と共に生きる会」が開催した「外国人労働者の妊娠・出産の権利を考えるシンポジウム」において読み上げられました。
孤立出産に追いこむ外国人技能実習制度
リンさんは、なぜ一人きりで子どもを産む「孤立出産」に追いこまれたのでしょうか。一番の理由は、妊娠を理由に解雇され、帰国を強要されることを恐れたためでした。先に述べておくと、日本の労働関連法令は技能実習生にも適用され、妊娠や出産を理由に技能実習生を解雇することは禁じられています。妊娠しても技能実習の継続を希望する場合は、実習を一時中止し、出産後に技能実習を再開することができます。 しかし、技能実習生たちはこうした妊娠や出産の権利について知らされないどころか、不適切な情報を教えられていることが少なくありません。実際に2022年に出入国管理庁が行った調査では、調査に応じた技能実習生の26.5%が「妊娠をしたら仕事を辞めてもらう」などの発言を受けていたことが明らかにされました。妊娠や出産の権利があるはずなのに、なぜその権利を行使することが阻まれるのでしょうか。 それには、外国人技能実習制度をはじめ、日本の外国人労働者受け入れ制度の在り方が関係しています。これまで日本政府は、外国からの労働者を一時的に受け入れることで国内の労働力不足を補ってきました。海外から単身の若者を受け入れて、一定期間後に出身国に送り返す「ローテーション方式」です。 この仕組みでは、外国人労働者を雇用の調整弁にできるだけでなく、政府や企業は、教育や福祉といった労働者の生産活動を支える再生産活動にかかるコストを負担せずにすみます。妊娠や出産の権利があっても、現実的に技能実習生が出産し、子育てをしながら日本で働くことは想定されておらず、妊娠した技能実習生は帰国させられることが常態化していました。 さらに、この制度は、日本語学習や職業訓練など人材育成にかかる費用を労働者自身が負担する仕組みになっています。そのため、リンさんも来日前に150万円の借金をしなくてはならず、妊娠に気づいてもすぐに帰国するという選択はできませんでした。リンさんは働ける限り働いたのちに帰国して出産するつもりでしたが、妊娠を誰にも相談できないまま、孤独と恐怖、激痛の中、死産を経験することになりました。
リンさんは子供の遺体を弔うつもりでした。ところが、壮絶な孤立死産の末に病院に運ばれ、退院と同時に逮捕されました。警察や検察はリンさんを乳児の遺体を遺棄した犯罪者とみなし、そのことが日本やベトナムで報道されました。 裁判で闘うリンさんを最も苦しめたのが、こうした事実を歪曲した報道やインターネットでの中傷だったそうです。コムスタカの代表、中島眞一郎さんは「孤立出産は犯罪ではない。孤立出産をした女性は逮捕ではなく、保護の対象にしてほしい。実名報道も必要ない」とメディアで何度も訴えておられます。 リンさんのケースからも明らかですが、孤立出産に追い込まれる女性たちは、出産にいたる前から孤立させられています。とくに技能実習生は、十分な日本語教育を受けられないこともあり、日本人との会話も、情報収集もままなりません。また、人口流出が進む過疎地域で雇用されることも多く、自由な移動や職場外での交流が制限されていることも少なくありません。 しかし、様々な問題がしわ寄せされた先に孤立出産が起きると、女性たちを孤立させる背景や社会構造は問われず、一切の責任が妊娠した女性に背負わされます。リンさんの経験は、海外の若者を都合よく搾取する、日本の外国人労働者受け入れ制度の問題だけでなく、女性に負担を強いる日本社会の姿をも浮き彫りにすることになりました。
移民受け入れの議論を
2年半に渡る裁判の後、リンさんの遺体の扱いは遺棄に当たらないと最高裁で認められて、無罪が宣告されました。しかし、この無罪判決後も孤立死産や流産の末に逮捕、起訴される技能実習生は後を絶ちません。こうした出来事を繰り返さないために、私たちに何ができるのでしょうか。 ひとつは、移民の受け入れについて正面から議論することです。これまで30年間以上、日本政府は、外国人労働者の権利を蔑ろにしながら「ローテーション方式」を継続してきました。しかし、日本の人口は減少の一途をたどっています。この社会を持続していくのであれば、外国から一時的に労働者を受け入れるのではなく、彼彼女たちが日本へ定住することを見据えて、移民を受け入れる体制を築く必要があります。社会の構成員として迎えるための思考力と議論が必要です(2024年、外国人技能実習制度は、国内外の批判を受けて廃止が決定しました。しかし、代わりに創設された育成就労制度も、依然として単身の労働者を一時的に受け入れる仕組みであり、労働者の権利保護についても対応策が講じられていません)。 技能実習生も、他の在留資格で働く外国人も、日本で税金を納め、社会保険料や年金を払っています。納税などの義務を果たすことは当然のことと求められるのに、リンさんの孤立死産にみるように、安心して人間らしく生きる権利、つまり人権は守られていません。そして、たとえ諸事情により義務が果たせない場合があるとしても、保障されなくてはならないのが人権です。 いま、外国から来た若者たちの労働力なしに、日本社会は成り立たないところに来ています。しかし、人間らしく働き、生きる権利が保障されず、いつまでも使い捨て可能な労働力と扱われていたら、近い将来、海外からの若者は日本に来なくなるでしょう。日本に暮らす外国人を含む、すべての人の人権を守る社会のあり方を思考することは、もはや避けて通れない私たちの課題なのです。
すべての人の人権が守られる社会の実現を
冒頭に紹介したリンさんの手紙は、次のように締めくくられていました。 「私とおなじ くるしみをあじわったじっしゅうせいやじょせいたちがこんごたいほされたり、ゆうざいはんけつをうけたりしないことをねがっています。かのじょらがてきせつにあつかわれることをねがっています。日本はよりよいかんきょうに変わっていきます。私たちはじょせいのけんりがまもられるしゃかいのじつげんをめざします」。 リンさんは、他の技能実習生や女性たちのためにも闘いました。人権が守られる社会は、弱い立場に置かれた人びとの犠牲によるのではなく、この社会で特権を持って生きる、多数者の意志と闘いによって実現されなくてはなりません。すべての人の人権が守られる社会を実現するために学び、闘いましょう。
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