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大学は高校までと違い、自由な時間がたくさんあります。その自由な時間を使って、皆さんはおそらく、高校までには考えもしなかったようなことを授業やサークル活動などを通して学んだり、経験したりするでしょう。そのような自由な時間の中で、恋愛をはじめとした人間関係や自分の性について悩むこともあるかもしれません。今日は、誰もが直面する性の問題をとおして、自分の人生をどう生きていくのかを考えてみたいと思います。 近年、メディアでもダイバーシティやLGBTなどについてよく耳にするようになったのではないかと思います。数年前と比較すると、高校までの家庭科、公共、保健体育の教科書でもこれらについて取り上げられるようになりました。高校の課題研究のテーマとして、これらの問題について自ら調べたり学んだりした人もいるかもしれません。 LGBTQ+とは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender/Transsexual(トランスジェンダー/トランスセクシュアル、性別違和)、Queer(クィア、規範的な性のあり方以外のセクシュアリティ)/Questioning(クエスチョニング、自らの性のあり方について分からない人・決めたくない人)の総称で、いわゆる性的マイノリティ全般を指す用語です。LGBTQ+の「+」には、Xジェンダー(自分の性を男女のいずれかに限定しない人)、ノンバイナリー(自身の性自認・性表現に男女の枠組みを当てはめない人)、パンセクシュアル(性的指向が対象となる性別にとらわれない人)、アセクシュアル(他者に性的関心や興味を抱かない人)、アロマンティック(他者に恋愛的に興味関心を抱かない人)などが含まれます。これらの用語以外にも、多様な性的指向と性自認がその人その人によって異なるということを、この「+」は示しています。 一方、SOGI(ソジ)という用語もあります。大阪公立大学では、このSOGIという用語を用いて施策を展開しています。SOGIとは、Sexual Orientation(性的指向)and Gender Identity(性自認)の頭文字です。性的指向とはどのような性別に恋愛・性愛の関心が向くか、性自認とは自分の性別をどのように認識しているか、ということです。LGBTQ+が性的マイノリティを指すのに対し、SOGIとはすべての人にあてはまる用語です。したがって大阪公立大学では、在学するすべての学生が、性的指向や性自認に関わらず、自分の学びたいことを自由に学び、大学内外で活躍できるような環境整備を行いたいと考え、このSOGIという視点からのダイバーシティ施策を推進しています。 SOGIは一人ひとりで当然異なりますが、では実際に、自分の性と同じ性の人を好きになる同性愛者はどのくらいいるのでしょうか。実はこのことについて、驚くべき結果が過去に出ました。アメリカ合衆国のちょっと古いデータになりますが、性科学者のアルフレッド・キンゼイが第二次世界大戦後に人間の性行動について面白い調査を行いました。アメリカの成人男性の37%が「思春期以降老年期までに何らかの形の明らかな同性愛によるオーガズムに達した経験を持っている」と答えています。このキンゼイ報告によると、自分のことを「同性愛者」だと認識するかしないかにかかわらず、同性間での性愛経験を持ったことがある人がなんと3人に1人もいたことになります。また、白人成人男性のうち、「生涯を通じて完全に同性愛者である」人は4%でした。つまり、同性と性的な関係を持ったとしても、自分のことを必ずしも「同性愛者」だと認識しない人も多くいるということです。 このような調査結果を見ると、実は同性間の性的な関係は決して珍しいことではないことが分かります。19世紀末に活躍した有名な精神分析家のジークムント・フロイトは、人間の性はそもそも生まれながらにして「多形倒錯」(つまり、性的指向が一定していない)であり、成長段階で文化的に規定された「望ましい」とされる性愛関係を学ぶことによって、いわゆる「異性愛者」になると言います。したがってある人が同性に性的に惹かれることがあったとしてもそれは決して異常ではなく、誰にでもありうることだとフロイトは言うのです。また人間だけではなく、動物の世界でも、同性間の性関係は広く見られるという研究も多数存在しています。 では、日本においてはどうでしょうか。2019年に大阪市で行われたある調査によると、回答者のうち3.3%がレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・アセクシュアルのいずれかに該当すると答えています(釜野さおり他「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート報告書」、2019年)。そう考えると、日本における性的マイノリティの割合も決して低くはなさそうです。 さて、私たちの生きる社会は異性愛を当然だと考えてきました。つまりこの社会は、異性愛以外の人間関係のあり方やライフスタイルを、これまで十分に認めようとはしてこなかったのです。アメリカのフェミニストで詩人のアドリエンヌ・リッチは、このような社会のあり方を「強制的異性愛」社会として批判しました。 しかし日本においては、過去の歴史を振り返ると、同性間の性愛関係や現在「トランスジェンダー」と呼ばれる性別移行は、比較的広く見られてきたことでした。平安時代の貴族の間でも、鎌倉時代や戦国時代の武士の間でも、江戸時代の商人の間でも、同性間での性愛は友情関係の一形態として捉えられ、それはとりわけ異常なことではなく、日常生活の中にありふれていたことだったのです。しかし明治期以降、特に西欧の精神医学や心理学が日本にも輸入され、その過程で同性愛は病気だと見られるようになりました。最近の研究では、1920年代になると同性愛が異常だという認識が一般家庭にも広がっていったとされています(古川誠「「性」暴力装置としての異性愛社会」『法社会学』、2001年)。そう考えると、長い歴史の中で同性愛が異常視されている現代の方が、むしろ特異な時代にも見えます。 現在、性的マイノリティを取り巻く環境が大きく変わろうとしています。同性と性関係があった(ある)からといって、必ずしも自分のことを「同性愛者」と認識しない場合があります。その結果、同性間での性関係を持ったことがあった(ある)としても、自分のことを「同性愛者」と認識することなく、なかには異性と結婚して子どもを生み、父や母になるというライフコースをたどる人もいるでしょう。 しかし、このようないわゆる「異性愛者」がたどるライフコースに、違和感を感じる人もいるかもしれません。同性同士で生活をしたいと考える場合、そのようなライフスタイルを選択して生きていくことも可能ですし(同性婚については2025年段階では未だ認められていませんが)、実際そのように生きている人たちも今ではたくさんいます。なかには同性同士で子どもを育てている人さえいます。最近では、行政も同性パートナーに対して「同性パートナーシップ証明書」を発行し支援を行うところもあります。国政においても、同性婚について党派を超えて議員たちが議論を行っています。 性的マイノリティが日本にもたくさんいたにもかかわらず、これまでロールモデルとなる人たちがあまりいませんでした。自分の生きたいSOGIに基づき生きていくというライフスタイルの創造は、これから日本でも進んでいく可能性があります。自分の生きたいSOGIに基づき生きていくことは、その個人が今までこの社会にはなかった生き方を自分たちで発明することなのです。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、このことをもって「懸命にゲイにならなければならない」と言っています。人と違う生き方を発明するのは、お手本がない分、分からなかったり辛かったりすることもあるかもしれませんが、「異性愛者」の人たちが体験しないような面白い生き方を創造していくこともできるのです。 私が言いたかったことは、自分がどのような性にに惹かれた(あるいは惹かれなかった)としても、そこで絶望することはないということです。きっと仲間はあなたの周りにもいますし、あなたが自分の性を通してどう生きたいかを真剣に考えてそのように生きていけば、あなた自身も変われるし、あなたの周りも変えていくことができるということです。人間の生き方は多様であるということを、ぜひ大学で学んでいただければと思います。 大阪公立大学には、性的マイノリティの人たちで作るサークルもありますし、SOGIを支援するアクセシビリティセンターもあります。もし何か困ったことがあれば、ぜひこのようなネットワークも活用してみてください。皆さんの充実した学生生活を、心より応援しています。
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