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2025年1月10日

2024年の研究成果の総括と新年の抱負

あけましておめでとうございます。大阪公立大学大学院医学研究科人工知能学の植田です。
本稿では、昨年1年間に私たちの研究室および共同研究の皆様とともに取り組んだ論文活動を振り返り、得られた成果を共有させていただきます。

ここでは論文のハイライトや注目すべき動向、今後の展望などをまとめました。

1. 昨年1年間の研究総括

昨年は、医療分野におけるAI活用のさらなる発展を見た1年で、合計28本の論文(10本の原著、10本のレビュー、1本のレポート、7本のレター)を出版できました。深層学習による画像診断支援から、大規模言語モデル(LLM)を用いた診断性能の評価、また公正性・持続可能性といった社会的課題に向き合う研究まで、多岐にわたるテーマをカバーすることができました。

2. ハイライト論文

昨年最も注目を集めたものとして、The Lancet Digital Healthに掲載された
A deep learning-based model to estimate pulmonary function from chest x-rays: multi-institutional model development and validation study in Japan
が挙げられます。本研究では、胸部X線画像から肺機能検査の主要指標を推定する深層学習モデルを開発し、多施設のデータセットを用いた検証に成功しました。これにより、侵襲性の低い形で患者の肺機能評価が可能になる道が開け、今後の臨床導入を目指して研究を進めます。

3. 大規模言語モデルの診断性能評価

昨年は、大規模言語モデル(GPT-4ベースのChatGPTやGPT-4VベースのChatGPT)を医療現場における診断支援に活用できるかどうかを検証する研究が複数行いました。脳腫瘍や骨軟部領域での診断精度を、専門医の読影と比較する試みが中心で、以下のような知見が得られました。

  • 脳腫瘍領域
    Comparative analysis of GPT-4-based ChatGPT's diagnostic performance with radiologists using real-world radiology reports of brain tumorsなどの論文で、人間の専門家と大きく差のない精度を示す一方、症例の難易度や画像の特徴によりばらつきがあることが明らかになりました。
  • 骨軟部領域
    ChatGPT's diagnostic performance based on textual vs. visual information compared to radiologists' diagnostic performance in musculoskeletal radiology では、テキストベースの解析と画像処理能力の違いを比較することで、診断文脈による最適なモデル活用の検証が行われました。

これらの研究は、AIと放射線科専門医が協力することで診断効率や正確性を高める可能性を示しており、今後さらに議論・検証を進める必要があると考えています。

4. 公平性と倫理—「Fairness of artificial intelligence in healthcare」の引用増加

もう一つ嬉しいニュースとして、Fairness of artificial intelligence in healthcare: review and recommendations(JJR2024年1月号掲載)が昨年1年間で引用数100回を超えたことが挙げられます。医療現場でAIが徐々に導入されるなか、患者背景や社会的状況の違いによるバイアスをどう扱うかが大きな課題です。論文の高い引用数は、医療AIにおける公正性確保への関心が高まり、研究コミュニティ全体がこのテーマに取り組む重要性を認識していることを反映しています。

5. 新しい潮流:Planetary Healthへの応用

今後我々が期待している領域として、「Planetary Health」が挙げられます。
Planetary Healthとは、「人間の健康と地球環境の健全性が互いに深く結びついている」という概念を中心に据えた研究分野です。すでに私たちは、Climate change and artificial intelligence in healthcare: Review and recommendations towards a sustainable future などを通じて、医療AIと気候変動の関連性について議論を進めてきました。これからは、AI技術が環境保護と医療の質向上の両面でどのように貢献できるのか、具体的なエビデンスを蓄積していくことが重要になると考えています。

6. 多岐にわたる研究領域

6-1. 原著論文(Original Articles)

  • 放射線診断・脳腫瘍分野:ボクセルごとの解析で腫瘍予後を可視化する研究や、深層学習によるDTI生成モデルなど、多彩なテーマでの進展がありました。
  • GPT-4ベースのチャットボット:GPT-4と放射線科専門医の診断精度比較に加え、視覚情報まで扱えるGPT-4Vの潜在的有用性を検証するなど、大規模言語モデル研究を複数行いました。

6-2. 総説(Review)

  • MRI・放射線治療・核医学分野でのAI応用:日本発の貢献として、MRI検査の高度化や放射線治療、核医学におけるAI応用についての最新レビューを提供しました。

6-3. 特別報告(Special Reports)

  • 日本におけるオープンデータベースの必要性:医療画像のオープン化を推進し、グローバルヘルスとAI発展に資するための議論を提起しました。

7. 今後の展望

  • 臨床現場へのさらなる展開:肺機能推定のように、AIモデルの成果を実際の診療に応用するためのバリデーションやシステム整備が急務となります。
  • 公平性・倫理の重視:AI技術とともにガイドラインや法整備を含めた制度面の検討が不可欠です。
  • Planetary Healthの発展:医療と地球環境の両立を図る研究やシステム構築に向け、引き続き積極的に取り組んでいきます。

結び

昨年は、私たちの研究グループをはじめ、多くの共同研究機関との協働により、多様な分野で成果を残すことができました。AIが臨床に普及する過程では、技術的進歩に加えて公正性や環境への配慮がますます重視されるようになっています。私たちも引き続き、これらの課題を包括的に捉えながら、新たな研究と社会実装に挑戦してまいります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。