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2023年7月6日

胸部レントゲンから心機能と弁膜症を推定するAIに関する多施設共同研究

胸部レントゲンから心機能と弁膜症を同時推定するAIモデルに関する多施設研究

胸部レントゲン写真を深層学習モデルに入力することで、左室駆出率(EF)や弁膜症など複数の心機能指標を高い精度で推定し得ることを示した多施設共同研究です。

論文

Artificial intelligence-based model to classify cardiac functions from chest radiographs: a multi-institutional, retrospective model development and validation study

The Lancet Digital Health

https://doi.org/10.1016/S2589-7500(23)00107-3

著者談

胸部レントゲン写真のCTR(心胸郭比)から心臓の状態がある程度わかるのではないかという着想から研究を始めましたが、最初は単施設でEF(左室駆出率)のみ推定する小規模な試みでした。その後、心臓弁膜症などを含めて解析対象を拡張し、さらに多施設のデータを用いることで精度と再現性を高める方針へ発展させました。こうした流れの中で雑誌The Lancet Digital Healthに投稿することを目標に設定し、準備やデータ収集、モデルの構築と改良に約5年を要しました。技術的な課題と施設間の協力体制の構築には手間もかかりましたが、多くの方々の支援を受けてようやく形にできたと感じています。

論文概要

私たちは多施設から収集した胸部レントゲン写真と、それぞれに対応する心エコー検査結果を組み合わせて、深層学習モデルを作成し、その性能を検証しました。最終的に4つの医療機関から合計22,551枚のレントゲン画像を得て、16,946名の患者さんが含まれました。モデルは単にEFを推定するだけでなく、僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁狭窄などの心臓弁膜症の重症度や、三尖弁逆流速度、下大静脈径など、エコーから得られる複数の項目を同時に分類できるように設計しました。解析の結果、外部検証用の3,311枚に対して、EFが40%未満かどうかを推定するタスクではAUCが0.92、感度82%、特異度86%と評価されました。三尖弁逆流などでもAUC 0.92と良好な性能を示し、その他の弁膜症についてもおおむね0.80台後半のAUCを得ました。

論文詳細

本研究の重要な点は、複数の施設からデータを集めることでモデルの汎用性を高め、臨床現場の実情を踏まえた推定精度を追求したことにあります。胸部レントゲンは世界的に最もよく撮影される検査の一つであるため、専門的な心エコー検査の実施が難しい地域や、緊急の場面でも心機能の大まかな把握に役立つ可能性があります。もちろん画像だけで心臓病の全容を把握できるわけではありませんが、AUC 0.92という数値が示すとおり、EFなどの重要指標を迅速にかつ一定の精度で推定できる意義は大きいと考えています。今後は立位ではなく仰臥位で撮影されたレントゲンへの適用や、さらなる精度向上のための追加研究が課題です。今回のモデルは開発費の助成を受けておらず、今後は無料で公開されるソースコードを通じて現場での実装を進めていければと期待しています。胸部レントゲンという汎用的なツールを生かすことで、より多くの患者さんの迅速な診断と治療につながる道をひらきたいと考えています。