分子病理学
基本情報
都市医学講座 分子病理学
代表者 鰐渕 英機教授
分子病理学教室(病理学第一教室)は、昭和24年(1949年)に国立予防衛生研究所病理部主任であられた岡林篤教授が大阪市立医科大学教授に任用されて病理学教室を創設されたところから源を発し、中馬英二教授、神戸誠一教授、藤本輝夫教授、そして5代目福島昭治教授着任時に大学院再編に伴いまた教室名を「都市環境病理学」へ変更し、化学発がんモデルを用いた環境中化学物質のリスク評価およびリスク評価モデルの構築が行なわれた。
2005年より6代目教授として教室運営を担っており、引き続き化学物質のリスク評価および評価モデルの検討が行なわれている。また、近年の分子生物学の発展や技術の進歩に伴い、発がん過程において様々な遺伝子や蛋白の相互作用が徐々に明らかとなってきていることから、組織学的形質と分子動態について明らかにしていくという決意から教室名を「分子病理学」と変更し、現在まで精力的に研究が行なわれている。したがって、当教室は教室開講から六十有余年の歴史を有し、また桃源会という同門会組織が運営されており、同じ病理学第一教室の同門として積極的な交流や最新の知見の共有などが行なわれている。
病理学者には生検・剖検を通じて臨床に役立たねばならない面があるだけでなく、広く生命現象の構造面について追求し、さらに分子生物学的機序あるいは疾病過程への理解を深める態度が必要とされている。当教室では癌の一次予防を目指した環境発がん物質の早期リスク評価モデルの構築および早期診断マーカーとなり得るバイオマーカー探索、発がん過程あるいはがんの浸潤・転移における分子機序について動物実験モデルを用いて精力的に研究を行ない、がんを制するための基礎的なデータの蓄積に寄与している。
- 場所
- 学舎 13階
- 連絡先
- TEL:06-6645-3736 MAIL:med-pathology@ml.omu.ac.jp
教育方針
学部教育
病理学は全ての疾患を理解するための必須な学問であり、また病理学を切り口に新しい疾患概念が切り開かれている。本科目では、座学にて各種疾患に対する最新の知見を交えて学習する。さらに動物実験学の基礎、毒性病理学、実験腫瘍学、人体病理学などについて学習する。病理学実習では、病理診断に必要な臨床的事項や肉眼的および組織学的な病理所見を解説し、病理標本から得られる情報の理解を深める。
臨床教育(研修医の育成)
該当はありません。
研究指導
当教室では博士課程学生だけでなく、他大学から修士課程学生の受け入れを行なっております。人体病理学あるいは実験病理学をテーマとして、病理診断に必要な臨床的事項や病態生理を理解し、的確な病理診断ができる知識を習得し、研究遂行に必要な基礎的な知識や研究手法の原理をしっかり理解した上で、自らの研究成果を客観的に評価できる研究者の育成に力を注いでいます。当教室にはそのための教育体制および実験設備が整っており、これまでに多くの学生が修士号・博士号を取得するのみならず、在学中に学会発表にてTrainee awardあるいはStudent awardを受賞しております。
研究について
概要
- 当教室では病理学を基盤にし、分子生物学的手法を駆使して
1)有機ヒ素化合物による膀胱がん発生機序の解明、
2)環境中化学物質の発がんリスク評価および評価モデルの開発、
3)腫瘍の浸潤・転移における分子機序の解明、
4)オミクス解析手法を用いた発がん性指標の開発
5)チェルノブイリ原子力発電所事故後の汚染地域の発がん性
について取り組んでいる。 - 研究室では病理組織学的解析、分析化学的解析および分子生物学的解析手法を用いてin vitro、in vivo双方から研究を行なっている。
教室を代表する業績
主な発表論文
- Kakehashi A, Suzuki S, Shiota M, Raymo N, Gi M, Tachibana T, Stefanov V, Wanibuchi H: Canopy Homolog 2 as a Novel Molecular Target in Hepatocarcinogenesis. Cancers(Basel) 2021, 13:3613. Doi: 10.3390/cancers13143613
- Kakehashi A, Chariyakornkul A, Suzuki S, Khuanphram N, Tatsumi K, Yamano S, Fujioka M, Gi M, Wongpoomchai R, Wanibuchi H: Cache Domain Containing 1 Is a Novel Marker of Non-Alcoholic Steatohepatitis-Associated Hepatocarcinogesis. Cancers(Basel) 2021, 13:1216. Doi: 10.3390/cancers13061216
- Fujioka M, Suzuki S, Gi M, Kakehashi A, Oishi Y, Okuno T, Yukimatsu N, Wanibuchi H: Dimethylarsinic acid (DMA) enhanced lung carcinogenesis via histone H3K9 modification in a transplacental mouse model. Arch Toxicol 2020, 94:927-37. Doi: 10.1007/s00204-020-02665-x
- Yukimatsu N, Gi M, Okuno T, Fujioka M, Suzuki S, Kakehashi A, Yanagiba Y, Suda M, Koda S, Nakatani T, Wanibuchi H: Promotion effects of acetoaceto-o-toluidide on N-butyl-N-(4-hydroxybutyl)nitrosamine-induced bladder carcinogenesis in rats. Arch Toxicol 2019, 93:3617-31. Doi: 10.1007/s00204-019-02605-4
- Yamaguchi T, Gi M, Fujioka M, Tago Y, Kakehashi A, Wanibuchi H: A chronic toxicity study of diphenylarsinic acid in the drinking water of C57BL/6J mice for 52 weeks. J Toxicol Pathol 2019, 32:127-34. Doi: 10.1293/tox.2018-0067
- Gi M, Fujioka M, Totsuka Y, Matsumoto M, Masumura K, Kakehashi A, Yamaguchi T, Fukushima S, Wanibuchi H: Quantitative analysis of mutagenicity and carcinogenicity of 2-amino-3-methylimidazo[4,5-f]quinoline in F344 gpt delta transgenic rats. Mutagenesis 2019, 34:279-87. Doi: 10.1093/mutage/gez015
- Okuno T, Gi M, Fujioka M, Yukimatu N, Kakehashi A, Takeuchi A, Endo G, Endo Y, Wanibuchi H: Acetoaceto-o-Toluidide Enhances Cellular Proliferative Activity in the Urinary Bladder of Rats. Toxicol Sci 2019, 169:456-64. Doi: 10.1093/toxsci/kfz051
- Okuno T, Yashiro M, Masuda G, Togano S, Kuroda K, Miki Y, Hirakawa K, Ohsawa M, Wanibuchi H, Ohira M: Establishment of a New Scirrhous Gastric Cancer Cell Line with FGFR2 Overexpression, OCUM-14. Ann Surg Oncol 2019, 26:1093-102. Doi: 10.1245/s10434-018-07145-2
- Okuno T, Kakehashi A, Ishii N, Fujioka M, Gi M, Wanibuchi H. mTOR Activation in Liver Tumors Is Associated with Metabolic Syndrome and Non-Alcoholic Steatohepatitis in Both Mouse Models and Humans. Cancers (Basel). 2018 Nov 22;10(12). pii: E465. doi: 10.3390/cancers10120465.
- Fukushima S, Gi M, Fujioka M, Kakehashi A, Wanibuchi H, Matsumoto M. Quantitative Approaches to Assess Key Carcinogenic Events of Genotoxic Carcinogens. Toxicol Res. 2018 Oct;34(4):291-296. doi: 10.5487/TR.2018.34.4.291.
- Gi M, Fujioka M, Yamano S, Kakehashi A, Oishi Y, Okuno T, Yukimatsu N, Yamaguchi T, Tago Y, Kitano M, Hayashi SM, Wanibuchi H. Chronic dietary toxicity and carcinogenicity studies of dammar resin in F344 rats. Arch Toxicol. 2018 Dec;92(12):3565-3583. doi: 10.1007/s00204-018-2316-7.
- Gi M, Fujioka M, Kakehashi A, Okuno T, Masumura K, Nohmi T, Matsumoto M, Omori M, Wanibuchi H, Fukushima S. In vivo positive mutagenicity of 1,4-dioxane and quantitative analysis of its mutagenicity and carcinogenicity in rats. Arch Toxicol. 2018 Oct;92(10):3207-3221. doi: 10.1007/s00204-018-2282-0.
主な研究内容
現在の主な研究テーマ
有機ヒ素化合物による膀胱がん発生機序の解明
当教室ではこれまでに有機ヒ素化合物ジメチルアルシン酸のラット膀胱への発がん性を明らかにしている。しかし、その詳細な機序については不明である。我々は分析化学的手法によるジメチルアルシン酸の生体内代謝物質の検索、さらに病理組織学的解析の結果から真に発がんに寄与する物質を同定している。現在、同定した物質の遺伝毒性の有無、種々の影響およびその機序について動物実験系を用いて解析を行なっている。
環境中化学物質の発がんリスク評価および短期包括的評価モデルの開発
ヒトは日常生活の中で様々な低用量の環境発がん性物質に暴露されながら生活している。また、ヒト発がんの原因の多くは喫煙や医薬品・食品添加物などであることから、それら物質の安全性あるいはリスクを評価するために、発がん性あるいは毒性影響について詳細な情報が必要である。当教室ではこれまでにいくつかの新規合成あるいは天然由来の化学物質について、動物実験モデルを用いて種々のリスクを報告している。
また、我々はより短期間でかつ包括的にリスク評価可能なモデルの開発を行なっている。
腫瘍の浸潤・転移における分子機序の解明
癌に罹患したヒトはなぜ命を落とすのか。多くの癌患者は、特定の臓器にできた癌が「転移」し、多臓器不全に陥り、死に至る。癌死を克服し寿命を全うするためには、癌転移の機序を明らかにし、制することが重要であると考えられる。近年では癌転移において、複数の癌細胞が細胞集団を形成して移動する細胞集団運動(collective cell movement)が大きなトピックとなっており、我々は病理組織像と整合性のとれた細胞集団形質は転移の本質を示すものと考えている。現在、動物実験系にて構築した転移性腎がん細胞株を用いて、種々の解析を精力的に行なっている。
オミクス(トキシコゲノミクス、プロテオミクス)手法を用いた発がん性指標となる新規バイオマーカーの開発
マイクロダイセクション法および高感度質量分析機を用いて、ヒト肺がんや肝がんあるいは実験動物を用いた発がん過程における前がん病変や腫瘍における蛋白発現を網羅的に解析し、発がん早期検索マーカーを開発した。現在、これらの手法を用いて様々な臓器における発がん早期検索マーカーの開発を精力的に進めている。
チェルノブイリ原子力発電所事故後の汚染地域の発がん性
ウクライナのチェルノブイリ原発事故後、周辺汚染地域では過去十数年間で膀胱癌の発生頻度が上昇したと報告されている。その原因として現在も土壌中に残存する低レベルCs137の長期間暴露が考えられる。我々は臨床的に膀胱がん症状のない汚染地域住民の膀胱粘膜において、上皮異形成や上皮内がんを含む膀胱がんの発生率が、尿中Cs137レベルにほぼ比例して上昇していることを見出した。我々はまた、汚染地域住民の膀胱に上皮異形成や粘膜内癌を高頻度に伴う特異的な慢性増殖性膀胱炎を見出し、チェルノブイリ膀胱炎と命名した。
臨床への取り組み
動物実験系における発がん機序の解析あるいは遺伝子・蛋白の網羅的解析によって得られた機能遺伝子・蛋白およびマーカー遺伝子・蛋白について、その有用性についてヒト臨床材料を用いた解析を行い、腫瘍発生過程における早期診断マーカーあるいは予後予測マーカーの開発に寄与するデータの蓄積を行なっている。
スタッフ
教授 | 鰐渕 英機 |
---|---|
准教授 | 鈴木 周五、梯 アンナ、魏 民(環境リスク評価学) |
特任講師 | 藤岡 正喜 |
特任助教 |
Vachiraarunwong Arpamas (環境リスク評価学) |
参考写真