寄生虫学
基本情報
都市医学講座 寄生虫学
代表者 城戸 康年教授(兼務)
寄生虫学分野はその前身として昭和22年医学専門学校時代に田中英雄先生により生物学講座として開設され、その年の内に大阪市立医科大学予科の公衆衛生学第3講座として衛生動物を扱う教室が誕生し、公衆衛生学医動物学教室と称した。
その後、昭和30年に学制改革により大阪市立大学医学部医動物学教室となった。初代の田中英雄教授から2代の高田季久教授(昭和47年から平成4年)へと引き継がれ、主にそれぞれ衛生動物学および寄生原虫学の分野で研究が発展してきた。
その後一時期兼任教授の時代を経て平成22年に金子明教授が着任し、流行地におけるマラリア撲滅を目指した国際的研究を中心に行っている。
また旧来より寄生虫症全般について、臨床からの症例に関する問い合わせに付いても協同して取り組んでいる。
- 場所
- 学舎 15階
- 連絡先
- TEL:06-6645-3761
教育方針
学部教育
- マラリアをはじめとする寄生虫伝播は地域特異的に捉える観点が重要である。
- それぞれの環境の中で、人、寄生虫、もしくは媒介動物がいかなる生存戦略で進化してきた結果、現在の対策・治療に影響を及ぼしているのかという見方は、今後も研究方向性であるとともに寄生虫学教育においても中心になる。
臨床教育(研修医の育成)
該当なし
研究指導
流行地フィールドからものを観て基礎研究につなげる人材を育てたい。
研究について
概要
- マラリアをはじめとする寄生虫伝播は地域特異的である。
- その環境の中で、ヒト、寄生虫、および媒介動物がそれぞれの生存戦略で進化してきた結果が現在の対策・治療に影響を及ぼしているという仮説のもとに、流行地フィールドより研究を進める。
- 究極的にはマラリア撲滅にいたる持続可能な戦略を確立することで流行地域への貢献を目指す。
教室を代表する業績
I.Kaneko A, Taleo G, Kalkoa M, Yamar S, Kobayakawa T, Björkman A. Malaria eradication on islands. Lancet 2000; 356: 1560-1564.
(島嶼におけるマラリア根絶)
- マラリア対策は、地域の疫学的特徴に即することが成功の要である。維持可能なマラリア撲滅の条件を備えると考えられたヴァヌアツ島嶼で、その可能性について検討した。
- 週毎のクロロキン、SP合剤、プリマキンによる集団治療をアネイチュウム島全人口718名に1991年の雨季前9週間行った。同時に薬剤処理蚊帳を全人口に配布し、幼虫嗜好性魚も媒介蚊生息場所に導入した。
- その後9年間の定期的な原虫感染率調査は、薬剤服用率(88.3%)、蚊帳配布(0.94帳/人)で示される高い住民参加がアネイチュウムにおけるマラリア伝播を断ち、維持してきたことを示した。集団治療後2例の輸入感染例を別にすると熱帯熱マラリア陽性はなく、三日熱マラリアも1996年以降なくなった。
- 本研究は高い住民参加が見込まれるならば周到に計画された短期集団治療と維持可能な媒介蚊対策により隔絶された島嶼からマラリアを撲滅させうることを示す。
II.Tanabe K, Sakihama N, Kaneko A. Stable SNPs in malaria antigen genes in isolated populations. Science 2004; 303: 493.
(孤立集団におけるマラリア抗原遺伝子の安定したSNP)
- 熱帯熱マラリア原虫の表面抗原は、獲得される免疫の激しい選択圧下にある。
- ヴァヌアツ島嶼は抗原多型進化速度を見るのに適する。我々はヴァヌアツ4島から得られた熱帯熱マラリア原虫においてワクチン候補抗原であるmsp1, msp2, cspを解析した。
- msp1は90件で全長シークエンス(6アレル)が得られ、7同義置換を含む48SNPが同定された。アレルのペアにおける塩基置換の数は4-37と変動を示したが、ペア間で置換数の段階的変化はなかった。msp2,cspでも同様であった。4つのアレルは複数の島で共有され、観察されたSNPはヴァヌアツ外起源であり、島嶼内進化の結果ではないことが示された。
- 反して、これら遺伝子における繰り返し配列の数は段階的な変化を示し、短期間で急速な進化が示唆された。安定したSNPは島嶼集団の限られた遺伝子プールにおいてマラリアワクチンがより効果的である可能性を意味する。
III.Kaneko A, Kaneko O, Taleo G, Björkman A, Kobayakawa T. High frequencies of CYP2C19 mutations and poor metabolism of proguanil in Vanuatu. Lancet 1997;349: 921-922.
(ヴァヌアツにおける高いCYP2C19変異頻度とproguanil低代謝)
- 薬剤耐性マラリアに対する代替薬proguanilはチトクロームP450(CYP2C19)による代謝産物に抗原虫作用があると目され、低代謝者(poor metabolizer,PM)の患者では薬効がないと考えられた。
- PM頻度は白人で3%、東洋人で13-23%である。ヴァヌアツのタナ、マラクラ島計493名より得た濾紙採血サンプルにおいてCYP2C19m1、0.708 (698/986)、CYP2C19m2、0.133 (131/986)と極めて高い変異型遺伝子頻度を見出した。
- 少なくとも一つの野生型遺伝子を持つものは145名のみであった。遺伝子型分布はHardy-Weinbergの式に従っていた。両島におけるPMの割合は約70%に達すると考えられた。CYP2C19はproguanilのみならず、omeprazoleやdiazepamなどの代謝に関与し、本研究の重要な医学的意義が示唆された。
その他
- Watanabe N, Kaneko A, Yamar S, Taleo G, Tanihata T, Lum JK, Larson PS, Shearer NB. A prescription for sustaining community engagement in malaria elimination on Aneityum Island, Vanuatu: an application of Health Empowerment Theory. Malar J. 2015 Jul 31;14:291. doi: 10.1186/s12936-015-0779-z.
- Isozumi R. Uemura H, Ichinose Y. Logedi J, Omar AH, Kaneko A. Novel Mutations in K13 Propeller Gene of Artemisinin-Resistant Plasmpdium falciparum. Emerg Infect Dis, 2015 Mar;21(3):490-2. doi: 10.3201/eid2103.140898.
- Chan CW, Sakihama N, Tachibana S, Lum JK, Tanabe K, Kaneko A. At the crossroads of exchange: Plasmodium vivax and Plasmodium falciparum gene flow among islands in Vanuatu and implications for malaria elimination strategies. PLoS One. 2015 Mar 20;10(3):e0119475. doi: 10.1371/journal.pone.0119475. eCollection 2015.
- Watanabe N, Kaneko A, Yamar S, Leodoro H, Taleo G, Tanihata T, Lum JK, Larson PS. Determinants of the use of insecticide-treated bed nets on islands of pre- and post-malaria elimination: an application of the health belief model in Vanuatu. Malaria Journal 2014; 13:441 doi:10.1186/1475-2875-13-441.
主な研究内容
現在の主な研究テーマ
熱帯アフリカにおける持続的マラリア撲滅戦略の開発
熱帯アフリカにおけるマラリア撲滅は、地球規模マラリア根絶に至る道程に残された最大の障壁である。
島嶼は干渉研究に対して自然の実験系を提供する。研究代表者は1991年以来、オセアニア・ヴァヌアツのアネイチュウム島にて全島民を対象とした集団投薬(MDA)と媒介蚊対策によるマラリア撲滅戦略を展開し、住民主導が確保されれば撲滅は達成され長期間維持しうることを四半世紀にわたる継続的な現地研究で示してきた[Kaneko Lancet 2000; 2010; 2014]。
その撲滅モデルをケニア・ビクトリア湖島嶼マラリア流行地域に応用する計画が、先行事業として進行している。
計画では地域住民6万人を対象に2016年当初より段階的に撲滅パッケージが導入される。対象人口には4島嶼のみならず湖岸本土人口も含み、将来的にケニア全体への戦略波及を見据えたものになっている。
我々はケニア側研究者とともに、この新たな局面に対応すべくMDAによるマラリア撲滅戦略導入により生じる薬の効果と安全性、原虫薬剤耐性や原虫再入・伝播再興などの課題に対応しながら、効果的な撲滅戦略開発につなげるための研究を提案する。
ファーマコゲノミックス応用によるマラリア伝播阻止薬プリマキン投与量チューニング
対象とするケニア・ビクトリア湖地域ではマラリア高度流行が続き、アルテミシニンとプリマキンの集団投薬によるマラリア撲滅戦略導入が計画される。
抗熱帯熱マラリア生殖母体薬としてのプリマキンの役割に新たな注目が集まるが、G6PD欠損症者にまれに血管内溶血を起こすことが問題になる。またプリマキンは生体内で薬物代謝酵素CYP2D6により活性代謝物に変換されるが、CYP2D6の遺伝的低活性群では薬効が低いことが報告されている。
本研究では、これら安全と効果に関わるヒト遺伝的多型を背景に、マラリア感染者におけるプリマキン投与量をチューニングして必要最小量を見出す。
また原虫薬剤耐性の推移を継続的に検討していく。究極的に熱帯アフリカにおけるマラリア撲滅のための集団投薬を最適化することを目指す。
各種寄生虫疾患の診断と治療に関する研究
国内における寄生虫症についてはその症例数が多くないことから診断と治療について戸惑うケースが多く、また生活環境や食生活の多様化あるいは国際化の進展により寄生虫症も多様化の傾向にある。各臨床科の協力下、慎重にまず診断を確定する必要がある。診断においては従来の形態的観察に加え、遺伝子情報に基づく方法を推し進める。
アニサキス症の発症機序については免疫学的な考察がなされているが、死虫体などによる病害も示唆されており、これらの問題について共同研究者と共に研究を進める。
クリプトスポリジウム症については病原体の感染源の特定に関する原虫の遺伝学的情報の収集と共に、特効的な治療薬が存在せず、免疫不全患者の感染においては死にもつながる問題となっており、治療薬についても研究を進める。
スタッフ
教授 | 城戸 康年(兼務) |
---|---|
特任教授 | 金子 明 |
准教授 | 中釜 悠 |
講師 | CHIM WAI CHAN |
参考写真