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必須栄養素が支える植物の成長

植物の成長には、必須元素17種類が必要です。そのうち炭素、水素、酸素は光合成と水の吸収から得られますが、窒素やリン、硫黄、カリウムなどの14種類は無機栄養素(ミネラル)として根で吸収します。

「動物と植物では、必要な栄養に決定的な違いがあります。動物はミネラルに加えて、各種ビタミンや糖質や脂質、タンパク質などのエネルギー源も必要とします。これに対して、植物に必要なのはミネラルだけです。なぜなら植物は、太陽エネルギーと大気中の二酸化炭素により光合成を行い、エネルギー源になる有機物を自ら作り出せるからです」

農作物となる植物の収穫量は、必須元素のなかで一つでも不足する養分があると制約されるといいます。これはリービッヒの最少養分律と呼ばれており、植物栄養学の基本です。

「仮に窒素が足りないとタンパク質が作れなくなるため、葉は緑ではなく黄色っぽくなります。また、リンは細胞内でエネルギーを供給する「ATP(アデノシン三リン酸)」として使われるほか、DNARNA、膜の脂質にも使われています。そのためリンが足りなくても植物は成長できません」

ホウ酸を吸収・排出する独自のシステムを発見

髙野先生らは必須元素のうち、微量必須元素のホウ素に注目して研究を進めています。ホウ素は主にホウ酸の形で土壌と植物に含まれます。植物でホウ酸が果たしている重要な役割は「細胞壁の構築と機能の維持」。細胞壁の成分であるペクチンは、細胞の形を安定させたり、細胞と細胞を接着する役割を担っており、ホウ酸はこのペクチンの構造に関わっています。

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「ホウ酸はペクチン形成に重要な役割を果たしています。そのためホウ酸が不足すると、きちんとしたペクチンができないため、細胞壁に異常が起こります。その結果、植物全体の形成にも悪影響を及ぼすのです」

だからといってホウ酸を過剰に吸収しても、植物内の代謝が撹乱して枯れてしまうなどの問題が起こります。そもそもホウ酸は、どのようにして植物内に吸収されるのでしょうか。

「ホウ酸は従来、膜を単純拡散によって透過して受動吸収されると考えられていました。しかしそれ以外にもホウ酸の輸送システムが存在している実態を、藤原 徹先生(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)のもとで私が大学院生とポスドクのときに発見しました。具体的には、ホウ酸を細胞内へ吸収する『チャネル』と、細胞外に排出する『トランスポーター』があるのです」

髙野先生らがシロイヌナズナを使いホウ酸のトランスポーターを発見したのは2002年。研究成果は『Nature』誌に掲載されました。続いてチャネルを2006年に発見。『Plant Cell』誌に掲載され、ホウ酸の細胞内での居所を観察する研究を進めた結果、土壌からホウ酸を吸収して内部へと送り込む仕組みを突き止めました。この研究成果は2010年に『PNAS』誌に掲載されています。

「根の細胞のなかでも、土壌に接している部分の細胞膜にある「NIP5;1」というチャネルタンパク質がホウ酸を吸収します。その後、同じ細胞の反対側、つまり別の細胞と接している側の細胞膜から、トランスポータータンパク質「BOR1」が、ホウ酸を排出する。一連の方向性を持つ流れによって、外側の細胞から内側の細胞へとホウ酸が送り込まれ、さらに内部に入ると導管によって地上へと届けられていくのです」

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シロイヌナズナの根の横断面におけるホウ酸輸送経路。ホウ酸チャネルNIP5;1に赤色、ホウ酸トランスポーターBOR1に緑色の蛍光タンパク質を融合した。
同じ細胞の細胞膜でもNIP5;1が土壌に面する側に、BOR1が根の中心に面する側に偏って存在する。

植物内のホウ酸を適量にコントロールするトランスセプター

ホウ酸を取り込む仕組みと、内部へと送り込んでいく仕組みは解明されましたが、一つ重大な疑問が浮かび上がってきます。ホウ酸は不足すると悪影響がある一方で、多すぎても植物に害をもたらします。それなら常に適度な濃度を保つ必要があるはずですが、濃度はどのようにコントロールされているのでしょうか。

「私たちは、ホウ酸の濃度が高まると、BOR1が分解されることを発見しています(2005年に『PNAS』誌に掲載)。具体的にはホウ酸が過剰になると、BOR1は細胞膜から細胞内の液胞と呼ばれる部分に送られて分解されるのです。そのため植物はホウ酸を過剰に吸収しないようになっています」

一つ疑問が解消されると、さらに次の疑問が浮かんでくる。これが研究の世界の宿命であり、興味深いところです。ホウ酸濃度の高まりに応じたBOR1の分解の発見からは、実験観察に使われているシロイヌナズナの細胞は、ホウ酸の濃度を一体どのように感知しているのかという疑問が湧いてきました。

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シロイヌナズナの根の先端における蛍光画像。緑色蛍光タンパク質(GFP)を結合したBOR1(BOR1-GFP)がホウ素濃度をどのように感知するか観察した。
BOR1は、低ホウ素のときは根の細胞の細胞膜にいるが、ホウ素濃度が高くなると、液胞に運ばれて分解される。

髙野先生は、簡単には解けそうもない謎に立ち向かうとき「植物から教えてもらうような実験をする」と語ります。

BOR1が分解しない変異株を探しました。分解しないということは、ホウ酸を感じ取るセンサーもしくはレセプターが壊れているからで、それを見つければよいと考えたのです。具体的には、シロイヌナズナの変異株の集団からホウ酸が多くてもBOR1が分解されない変異株を名古屋大学の吉成 晃特任助教(当時 北海道大学大学院生、元 大阪府立大学研究員)が探しました。ところが見つかったのはセンサーではなく、BOR1そのものの異常でした。そこで変異株を解析した結果、BOR1の中心部にある、ホウ酸が結合する部分のアミノ酸に変異が起きていることが明らかになりました。この変異が原因でBOR1トランスポーターが分解されなかったのです」

このようにしてBOR1が分解される場合と分解されない場合を丁寧に調べていき、ホウ酸を輸送するトランスポーターであるBOR1自体が、栄養素の量を感知して自身の分解を促進し、輸送量を制御する実態を突き止めました。

BOR1がトランスポーターでありながら、ホウ酸の量を感知するレセプターの役割も担っている「トランスセプター(トランスポーター 兼 レセプター)」であることを発見し、研究成果は2021年に『The Plant Cell』に掲載されました。ただし、まだ謎が完全に解明されたわけではなく、いまも研究を続けています」

不良土壌での作物生産やリン肥料削減を目指して

髙野先生が、植物内でのホウ酸輸送に関する研究に参加したのは1998年から。最初はホウ酸をうまく輸送できない変異株について、どの遺伝子が壊れているのかを探していきました。そこで見つけたのが、トランスポーターとして作用しているBOR1です。

2000年頃といえば、世界中の研究者が新しい遺伝子の発見を競い合っていた時代です。その頃の研究者は何とかして「自分の遺伝子」、つまり新しい遺伝子を見つけたいとしのぎを削っていました。

「そのようななかで、ホウ酸トランスポーターとチャネルの遺伝子を初めて見つけられた私は、すごく環境に恵まれていました。研究は面白く、その後も次々と新しい疑問が生まれました」と、これまでを振り返ります。そんな髙野先生が今取り組んでいるのが、肥料を削減できる作物を作る研究です。

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「ホウ素については、私たちの研究をもとに華中農業大学の汪 社亮副教授 (元 北海道大学大学院生、大阪府立大学研究員) らがナタネの研究を進め、ホウ酸チャネルの遺伝子型を選択して、ホウ素欠乏に強いナタネの品種を作成できるようになってきました。つまり、肥料としてホウ酸をそれほど多く与えなくても、きちんと育つナタネができるのです。一方で肥料としてはより重要なリンの枯渇が、世界中で深刻な問題となりつつあります。日本ではダイズの自給率向上が課題となっているため、私たちはリンが少なくても安定的に収穫できるダイズの品種を作る研究にも取り組んでいます」

日本では肥料としてのリンの自給率が極めて低く、ほぼ輸入に頼っています。髙野先生らの研究成果は、近い将来に日本の食料自給の一助となる可能性を秘めています。

プロフィール

profile
農学研究科  教授 
 髙野順平

農学研究科 応用生物科学専攻 教授

博士(農学)。専門は、植物栄養学。1999年、東京大学農学部卒業、2004年、東京大学農学生命科学研究科博士課程修了、東京大学生物生産工学研究センター 日本学術振興会特別研究員。2007年、University of Wisconsin- Madison, Fellow of Human Frontier Science Program2008年、北海道大学大学院農学研究院 助教、2016年、大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 教授を経て、2022年より現職。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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