Research
1.ジアリールエテン単結晶のフォトクロミズム
ジアリールエテンは光により可逆的に異性化するフォトクロミック化合物であり、両異性体が熱的に安定で光着色/退色の繰り返し耐久性に優れているため、光メモリ材料などのオプトエレクトロニクスデバイスへの応用が期待されています。
我々はジアリールエテンの分子構造をわずか変えることにより、紫外光照射により様々の色 (黄色、赤色、青色、緑色) に変化する単結晶を見いだしました。着色した結晶は熱的に安定であり、室温で暗所に放置しておけば安定に存在いたします。また、可視光を照射すると一瞬にして元の無色の結晶へと戻ります。このような結晶材料の応用展開についても研究を進めています。
S. Kobatake, M. Irie, Bull. Chem. Soc. Jpn. (Award Accounts), 77(2), 195-210 (2004).
2.フォトクロミックジアリールエテンの表示材料への応用
ジアリールエテンは紫外光照射により着色し、可視光照射により元の無色に戻ります。右の構造は室温で熱的に安定ですが、可視光照射により元の左の構造へと戻ります。
ジアリールエテンを表示材料に用いるためには、可視光で元に戻らない分子の設計が必要です。我々は様々な置換基を導入し、置換基の構造と光反応量子収率の相関を検討しました。その結果、反応点にアルコキシ基を導入することにより、開環反応量子収率が極めて小さくなることを見いだしました。かさ高いアルコキシ基の導入により、室温では安定であるが高温において熱戻り反応により元の無色に戻る新規ジアリールエテンの合成に成功しました。このような新規なフォトクロミック材料は高温熱再生可能な表示材料に応用できると考えています。ろ紙上、右の分子は従来のジアリールエテン、左は高温熱再生可能なジアリールエテンを示しています。
K. Morimitsu, K. Shibata, S. Kobatake, M. Irie, J. Org. Chem., 67(13), 4574-4578 (2002).
S. Kobatake, I. Yamashita, Tetrahedron, 64(32), 7611-7618 (2008).
Y. Sato, D. Kitagawa, S. Kobatake, Tetrahedron, 75(35), 130487 (7 pages) (2019).
3.フォトクロミックジアリールエテンポリマーの合成
ジアリールエテンを側鎖に有するスチレンモノマーを合成し、ラジカル重合によりジアリールエテンを高密度に含むポリスチレンを合成した。得られたポリマーは溶液中だけでなく、ポリマーフィルム中においても高反応率までフォトクロミズムを示した。高密度でフォトクロミック色素が導入されているため、薄膜においても高い感度の色調変化を示した。ジアリールエテンを側鎖に有するスチレンモノマーはグラフトポリマーやブロックポリマー合成などにも用いることができ様々な用途に応用することができると考えられる。作製したポリマーフィルムにフォトマスクを用いて光プリントしました。数マイクロメータまでの解像度でプリント可能です。
S. Kobatake, H. Kuratani, Chem. Lett., 35(6), 628-629 (2006).
H. Nishi, S. Kobatake, Macromolecules, 41, 3995-4002 (2008).
H. Nishi, T. Namari, S. Kobatake, J. Mater. Chem., 21(43), 17249-17258 (2011).
4.光に応答して形の変わる結晶
長方形あるいは棒状の形をした有機分子からなるフォトクロミック分子結晶(結晶サイズは10-100マイクロメートル)が、 適切な波長の光を当てることにより、可逆にかつ高速に、伸縮(収縮/伸張)あるいは屈曲することを見いだした。これらの分子結晶は、光により歪むことから光歪素子とも名付けることができる。電歪素子はよく知られているが、 光歪素子の例は少なく、分子結晶としてはこれがはじめてである。光歪素子は、直接配線を必要とせず光を当てるだけで遠隔操作ができることから、微小ナノ-ミクロ領域で物を動かすマイクロアクチュエーターとして期待される。環境、エネルギー、機能分野から医療分野に至るまで、新規なマテリアルとしてその応用範囲は広がると考えられる。
S. Kobatake, S. Takami, H. Muto, T. Ishikawa, M. Irie, Nature, 446, 778-781 (2007).
S. Kobatake, H. Hasegawa, K. Miyamura, Crystal Growth & Design, 11(4), 1223-1229 (2011).
D. Kitagawa, S. Kobatake, J. Phys. Chem. C, 117(40), 20887-20892 (2013).
D. Kitagawa, S. Kobatake, Photochem. Photobiol. Sci., 13, 764-769 (2014).
5.金属ナノ粒子プラズモンによる増強フォトクロミック反応
金ナノ粒子あるいは銀ナノ粒子にフォトクロミックジアリールエテンを被覆し、金属ナノ粒子のプラズモン共鳴によりフォトクロミック反応の光開環反応量子収率が2~6倍増強されることを見出している。増強効果は金属ナノ粒子近傍で起こり、粒子表面から数10 nmの範囲で起こる。増強効果は金属ナノ粒子の粒径にも依存し、様々なサイズの金属ナノ粒子の合成と様々な鎖長のジアリールエテンポリマーの合成を行い、定量的に評価することに成功している。 Nishi, S. Kobatake, Macromolecules, 41, 3995-4002 (2008).
H. Nishi, T. Asahi, S. Kobatake, J. Phys. Chem. C, 113, 17359-17366 (2009).
H. Nishi, T. Asahi, S. Kobatake, J. Phys. Chem. C, 115, 4564-4570 (2011).
H. Nishi, T. Asahi, S. Kobatake, J. Photochem. Photobio. A: Chem., 221, 256-260 (2011).
H. Nishi, S. Kobatake, Dyes and Pigments, 92(2), 847-853 (2012).
H. Nishi, T. Asahi, S. Kobatake, Phys. Chem. Chem. Phys.
6.結晶表面物性制御
ジアリールエテンの結晶成長を巧みに制御することにより撥水性表面に形成に成功した。また、光照射によるパターニングも可能であり、光照射部分と未照射部分での水に対する接触角が異なる。光照射部分はアモルファス状態であり、未照射部分にのみ結晶成長する。これらの接触角の変化は表面粗さの違いによるものであり、さらに結晶成長を続けると、接触角は155°まで変化した。
D. Kitagawa, I. Yamashita, S. Kobatake, Chem. Commun., 46, 3723-3725 (2010).
D. Kitagawa, I. Yamashita, S. Kobatake, Chem. Eur. J., 17, 9825-9831 (2011).
D. Kitagawa, S. Kobatake, Chem. Sci., 3, 1445-1449 (2012).
7.光に応答してらせんを形成する結晶
我々は、2007年「Nature」にジアリールエテン結晶の光照射による可逆的な結晶形状変形および屈曲を報告している。 それ以降、様々なフォトクロミック化合物の結晶のフォトメカニカル効果が研究されてきた。 今回、ある種のジアリールエテン誘導体結晶に光を当てるとらせんを形成することを発見した。 紫外光と可視光を交互に当てることによって、らせん形成および元の結晶へと可逆的に変化し、30回以上繰り返しが可能である。 らせんの向きは左巻きと右巻きの両方が存在しており、らせんの向きは光照射される結晶の面によって変わることが明らかとなっている。 人間の左手と右手のようなキラリティ(対掌性)が結晶自身に存在しないにも関わらず、左巻きと右巻きというキラリティ(対掌性)を作り出すことに成功している。 このようなフォトメカニカル(光によって駆動する)材料は、電気配線・回路が不必要であり、非接触かつ遠隔操作できるため非常に注目を集めている。 今回発見された有機結晶は髪の毛の1/10程度の大きさであり、毛細血管の中も動き回ることができる大きさである。 光可逆的らせん形成は、微小な機械の部品としてドリルやスクリューのような役割を果たす可能性が考えられ、小型医療機器などの新しい可能性が現れてきた。
D. Kitagawa, H. Nishi, S. Kobatake, Angew. Chem. Int. Ed., 52, 9320-9322 (2013).
D. Kitagawa, H. Tsujioka, F. Tong, X. Dong, C. J. Bardeen, S. Kobatake, J. Am. Chem. Soc., 140(12), 4208-4212 (2018).
8.光スタート型温度上昇センサー
フォトクロミックジアリールエテンの構造を制御することにより、これまでにない新しい機能を生み出すことに成功した。紫外光照射により着色し、着色状態が光に安定であり、かつ加熱により無色の化合物へと変化する。このような分子は光照射によりスタートできる低温温度上昇センサーとして利用することができる。近年、低温輸送時や低温保管時の温度上昇が問題になり、低温温度上昇センサーが求められている。本技術はシール状の簡易温度センサーとして利用でき、簡便で安価な温度センサーとして活用できる可能性がある。
H. Shoji, S. Kobatake, Chem. Commun., 49(23), 2362-2364 (2013).
H. Shoji, D. Kitagawa, S. Kobatake, New J. Chem., 38(3), 933-941 (2014).
D. Kitagawa, K. Tanaka, S. Kobatake, J. Mater. Chem. C, 5(25), 6210-6215 (2017).