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2024年4月1日

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ナノ材料は未来を創るマテリアル/牧浦 理恵准教授(工学部 マテリアル工学科)

※本記事は、大阪府立大学Webマガジン「ミチテイク・プラス」(2018年1月11日公開記事)から転載しています。掲載されている情報は公開当時のものです。

自然科学を社会に役立てるための知識が学べる物質化学系学類。2年次からは応用化学、化学工学、マテリアル工学の3課程に別れ、専門性を磨くことができます。3課程の中のマテリアル工学課程は、暮らしを豊かにする「材料」を創り出すために必要な基礎的知識を学べる課程。
ここで学べること、チャレンジできることを知っていただくために、先端分野のひとつであるナノ材料に魅せられ、新材料の創造に笑顔で挑み続ける牧浦理恵准教授の研究内容と“想い”をご紹介します。

牧浦理恵 准教授

PROFILE

牧浦 理恵(まきうら りえ)

  • 大阪府立大学 工学域 物質化学系学類 マテリアル工学課程/大学院工学研究科 物質・化学系専攻 准教授
  • 取得学位:博士(理学)(九州大学)
  • 研究分野:錯体化学、ナノ材料(ナノシート、ナノ粒子)、有機半導体(薄膜電子デバイス)、表面・界面化学

マテリアル工学課程では、どんなことを学べますか?

原子・分子レベルにまで掘りさげて物質の成り立ちを学ぶことは、本学類の3課程に共通しますが、化学反応のプロセスを主に学ぶ化学工学課程、材料の創製手法に主眼を置く応用化学課程に対して、マテリアル工学課程は金属やセラミックス、複合材料、ナノ材料といった「材料」そのものが対象です。

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携帯電話をもっと高機能にしたり、自動車の「エコ性」を高めたり、太陽電池の発電効率を上げるなど、文明の持続的発展を支えてくれる夢あふれるマテリアル。それらを創りだし、構造や特性を調べるのに必要な知識を学べます。

ここでの学びをベースに、複合材料や機能性薄膜など、電子デバイスやパワーデバイス、航空機や自動車をはじめとする産業の最先端領域で求められる「未来のマテリアル」にも挑むことができるでしょう。

社会人経験を積まれた後、大学教員の道に進まれたと伺いました。その頃のお話や研究対象である複合ナノ材料の魅力をお聞かせください。

情報機器メーカーに就職した時の新人研修で、無塵服に身を包んでのクリーンルーム内作業を経験しました。息苦しさを感じて作業するなかで、「製品づくりは尊いが、こんな大規模な設備が本当に必要なのか。人が快適に働ける環境で、もっと手軽に有意義なものを創りだせないか」と考えました。

ナノ材料と出会ったのは、数年後に九州大学大学院の特任助教になったとき。ヨウ化銀をナノメートルスケールにすると、通常なら100℃以上でないと発現しない超イオン伝導特性が常温で現れるのです。特異な「ナノの世界」に魅了されると共に、大型装置を用いず、容器(フラスコ)等の簡易な設備だけでやれる点にも強く惹かれました。

「文明の未来」が求める機能・特性を満たす新しいマテリアルを、ナノ材料を用いれば、大規模な設備なしで創製できるかも知れません。身の丈サイズの設備と快適な常温常圧環境で行えるものづくりは「デスクトップファクトリー」と呼ばれています。ナノ材料は、そんな方向へ世界中の研究機関や製造現場を変えていく可能性さえ秘めているのです。

現在チャレンジ中の主要な研究テーマをご紹介ください。

1)「液相界面を利用した高配向性機能分子膜の創製」

2)「分子性フレーム材料を用いた二次電池の界面制御とイオン伝導体の創製」

の2テーマに本学の複合ナノ材料研究グループとして取り組むほか、

新材料や新デバイス創出に国内の“知”を集める科学技術振興機構「さきがけ」に参加する形で、

3)「分子配列の精密制御とナノヘテロジャンクションの構築」と名づけた高性能な太陽電池材料の研究も進めています。

1)を分かりやすくご紹介すると、「規則正しいナノメートルサイズの孔が、きれいに膜中に並ぶシート」を、特殊な装置を使わず、常存常圧下の簡易な方法で創る研究です。

このシートは「ナノレベルのものを透過・分離させるフィルター」として様々な用途に役立ちます。1例が正極・負極間のイオンや電子の移動を自在に操りたいリチウムイオン二次電池。水素等の透過・分離用に使えば燃料電池にも応用できるなど、限りないポテンシャル(潜在力)を持つシートです。

そういったナノシートは、これまでつくれなかったのですか?

「こんなシートがあれば…」とのイメージはあっても、なかなか創製できませんでした。私は異分子を結合させる配位結合という技術を使うと共に、液相界面…つまり水面という“二次元”に着眼することで、有機分子と金属イオンがポリマーのように連なる「配位高分子」のナノシートをつくることに成功しました。

最初の論文発表は2010年でした。その後、手法の改良により、金属イオンを用いずにナノシートを作製することに成功し、2017年10月に論文発表しました。

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シートをつくること自体は案外すんなりクリアできましたが、水面上に形成された状態のままでの解析手法がなかなか見つからず苦労しました。結局、その解析ができる装置がフランスにあることが判明して、フランスまで伺いました。解析結果が想定通りだった時は本当に嬉しかったですね。

大規模な装置を使わず、先述の「デスクトップファクトリー」の概念を具象化するような手作業で画期的なナノシートを創製できた点に意義を感じます。今後の課題は、まだ1辺がマイクロメートルサイズしかないシートをいかに大型化していき、社会に役立つマテリアルへと育てていくか。

さらに実用性を高められるように日々研究に取り組んでいます。

2)の二次電池に関する研究の概略を教えてください。

牧浦 理恵さん

これは電池を専門とされている応用化学課程の辰巳砂昌弘(たつみさご・まさひろ)先生との共同研究で、辰巳砂先生が進めてこられた「リチウムイオン電池の電解質を固体化する研究」を、私のナノ材料技術でバックアップするイメージです。

携帯情報端末やノートPCのバッテリーとして活躍するリチウムイオン電池。その液漏れや電池パック変形を防ぎ、安全性や生産性を高めることが辰巳砂先生の目標ですが、優れた特性を持つ固体材料を探すなかで、ナノ材料に着目されました。

物質をナノスケールにすれば特異な特性が発現する。そんな「ナノマジック」を用いて、高いイオン伝導性を持つ固体材料を創製しよう。そのゴールを目指す共同研究を現在進めています。

同時に取り組むのが、電池の電極を形成する酸化物の分子をナノ材料の薄い膜でコーティングすることで、「最適なイオン輸送場」を生みだす研究。これによりイオンのやり取りの自由度が高まって、二次電池のサイクル特性(放充電できる回数の多さ)を大幅に向上できると考えています。

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インタビュアー

遠い世界の難しい分野だと思っていたナノ材料は、実は私たちの暮らしと深く関わっていたのですね。

牧浦 理恵さん

以前は「携帯電話を胸ポケットに入れたくない」と話す知人がいました。私たちが挑む電解質の固体化は、バッテリーが発熱・発火する不安からユーザーを解放するでしょう。

将来的には、カレンダーのように壁に貼ることができる薄くて安全な太陽電池が生まれるかもしれません。

「資生堂女性研究者サイエンスグラント」に選出されています。女性研究者がまだまだ少ないと言われているわが国をどう思われますか?

高校生の女性から「理系が好きで研究者に憧れるが、どの大学のホームページを見ても女性の先生が少なくて不安」と相談されたことがあります。

個人的には、研究者は民間企業勤務に較べると、働き方の自由度は高く、出産や育児等のライフイベントと両立させやすいワークスタイルだと感じています。ただ、男性優位カルチャーの残像のようなものがこの国にはまだ残っているように感じている方もいらっしゃいますし、学生の方々から見て目標となるロールモデルも少ないですね。

その点で大阪府立大学は、研究と出産・子育て等との両立支援にとても熱心な大学だと折にふれて感じます。

育児中の私にとって特にありがたいのが、学内に保育園があることで、わが子が3歳になるまで預けました。その後は、市の認可保育園に空きが出たので、そちらに移りました。

研究もライフワークと考え、早く仕事復帰したかったので、育児休暇は全く取得しませんでした。それでも仕事と育児を無理なく両立できたのは、なにかにつけて充実した支援体制のお陰だと思います。

ぜひ高校生の皆さんには性別や既成概念にとらわれず、自分の好きな分野に進んで活躍していただきたいです。

※化粧品メーカーによる、指導的立場を目指す意欲があり、日本の科学技術発展への貢献が期待できる女性研究者への助成金。牧浦准教授は2015年に受賞。

【取材日:2017年11月22日】 ※所属等は取材当時