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2020年1月24日

  • 経済学
  • 卒業生

夢を持てるタイミングに備えて、自身の未来へのアンテナをたて、学生生活を精一杯楽しんでほしい。/プロサッカー選手 FC今治所属 橋本 英郎さん

※本記事は、大阪市立大学Webサイト「ステートメントビジュアル」(2020年1月24日公開記事)から転載しています。掲載されている情報は公開当時のものです。

プロサッカー選手 FC今治所属

橋本 英郎さん

橋本 英郎さんの写真

市大生とサッカー選手という二足のわらじ

市大の経済学部で学びながらも、大学生とサッカー選手の二足のわらじを履きつつ、ガンバ大阪のトップチーム(プロ)でプレイしていました。
そこからはプロサッカー選手として、2011年まではガンバで。2012年からはヴィッセル神戸、2015年からはセレッソ大阪、2016年からはAC長崎パルセイロ、2017年からは東京ヴェルディ。そして現在はFC今治というJ3のチームに所属し、生活の拠点も愛媛県今治市に置いています。
子どもの頃から、僕の人生はずっとサッカーとともにありました。サッカーを深く愛し、ずっと楽しんでプレイしてきたんです。そういえば、そのサッカーで稼いだお金で、ずいぶん前にマンションを買ったことがあって。それもローンを組まずに。ちょっと間の抜けた話ですが(笑)、その時はじめて「大好きなサッカーで生活している」という実感がわきましたね。ただ大好きなことをひたすらやり続けていた僕が、今はれっきとしたプロサッカー選手なんだ、と。遅まきながらブレることのない自覚が生まれました。

橋本 英郎さんの写真2

セカンドキャリアについて考える

しかし2011年、キャンプ中に負った右膝前十字靭帯損傷という大怪我を経て、自身のみならず、サッカー選手というもの自体のセカンドキャリアについてシビアに考えるようになりました。僕も今は現役選手として、もちろんフィールドに立ち、メディアに顔を出すことも少なからずありますが、怪我などで引退した途端どこからも声なんてかからなくなる。そうなるとセカンドキャリアどころの話ではなくなります。みんなサッカーだけをやり続け、子どものような純真さを持ったまま大人になっていますから。それ以外の生き方の選択は容易ではないのです。
そういったことから、僕は現役サッカー選手という立場を活用して様々な活動をしています。例えば、愛媛県の上島町という過疎化が進む町の活性化を目的とした「プエンテフェスティバル」の企画と実施。これは上島町のサッカー少年への対外試合の機会を創出するためのイベントです。この際には様々な先進テクノロジー企業の方々にも来て頂き、子ども達にプログラミング教室などを開いて頂いています。他には、セレッソ大阪の都倉賢と一緒にフェイスブック上でオンラインサロンをやっていて、そこでは主にサッカー選手としてのキャリア形成について、といったテーマについて掘り下げられています。
とにかく、サッカー選手だった人間が形成できるセカンドキャリアについて、その選択肢を増やしていくことや、ひいてはそれによって子ども達や日本の明るい未来へつながっていくことを考え、行動するのが今の僕の義務だと考えていますね。

橋本 英郎さんの写真3

夢を持ち、行動をイメージする

もし若い皆さんに何かアドバイスができるとするならば……まずは、1.準備を怠らないこと。やがて来るチャンスを活かせるかどうかは、準備にかかっています。次に、2.時間を有効活用すること。学生の皆さんだからこそ、まだまだ時間をうまく使えるはずです。そして、3.勝負所を逃さないこと。準備をし、チャンスを掴んだなら、それが勝負所です。ここぞとばかりにガツガツ行きましょう(笑)。
次に大事なのが、4.引きずらないこと。ダメだったらダメと割り切り、気持ちを切り替えましょう。それこそ時間がもったいない。そして、5.選択肢を持つ。良い意味で逃げ場は必要です。選択肢があれば、気持ちの切り替えもスムーズにいきますから。
夢を持てるタイミングが来たらこの5項目は活きると思います。自身の未来についてアンテナをたてて学生生活を精一杯楽しみ、学んで下さい。