※本記事は、大阪府立大学Webマガジン「ミチテイク・プラス」(2018年3月7日公開記事)から転載しています。掲載されている情報は公開当時のものです。
糖質にはブドウ糖(グルコース)などの単糖をはじめ、より複雑な構造を持つオリゴ糖や多糖があります。「糖質科学」はその名の通り、様々な糖質の構造や機能、物性、合成法などについての理解を深める講義で、食品や医薬品への糖質の利用についての基礎知識を身につけることも目標とされています。
大阪府立大学では「糖質科学」は主に応用生命科学類 生命機能化学課程(生命環境科学域)の3年生を対象に開講され、生物資源循環工学研究室の阪本龍司 教授が本講義を担当しています。
講義開始前、受講している学生たちに将来の希望を聞きました。すると、「製薬メーカーでバイオ医薬品の研究に関わりたい」、「食品メーカーで機能性食品の開発に関わりたい」といった具体的な目標が次々に出てきました。その全ての学生が、「この講義で学ぶことは将来必ず役に立つ知識だと思います」と口を揃えるのがこの糖質科学の授業です。
全15回の計画も後半に差し掛かった取材回では、糖質関連酵素の触媒機構や機能性オリゴ糖についての講義が行われました。
「今日は『糖転移反応』を徹底的にやるぞ」という阪本教授の呼びかけのもと、授業は始まりました。様々な専門用語が出てくるハイレベルな解説に、真剣に耳を傾けノートに板書を書き写す学生の姿がとても印象的でした。
一方で、「デキストリンとデキストランはちゃうで!っていう話を前にもしたと思うんやけど…」とたまに関西弁が入り混じることで、張り詰めた空気が時折ぐっと和らぎました。そんな緩急ある、そして熱意ある90分間の講義でした。
では、実際の授業から印象に残った内容をいくつか紹介します。
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糖転移反応とは、加水分解酵素によって糖鎖を切断し、切出された糖を他の糖分子に転移させる反応を指します。これによって、新たな構造と性質を持つ糖を合成することができます。
食品業界では、それらの性質を利用してトクホ(特定保健用食品)などの機能性食品が開発されています。
「プロバイオティクス」と「プレバイオティクス」の違いについても少し押さえておきましょう。
体に良い影響を与える有用菌を摂取し、健康を維持することがいわゆる「プロバイオティクス」です。有用菌の代表例として挙げられるのが、ヨーグルトに含まれるビフィズス菌ですね。
一方で、有用菌のエサとなるものを摂取して健康を維持することを、「プレバイオティクス」と呼びます。プレバイオティクスにおいて、有用菌のエサとなるのがオリゴ糖で、腸内で善玉菌だけを増やします。
善玉菌が増えると、整腸作用・ミネラル吸収促進作用・炎症性腸疾患への予防や改善作用、などの人の健康に有益な効果が得られます。
今日はこの代表例であるオリゴ糖の合成法について押さえていきましょう。
プリントに書いているような糖転移反応で、β-フルクトフラノシターゼによって砂糖(スクロース)からβ-フルクトフラノシルニストース(フラクトオリゴ糖)というオリゴ糖が合成されます。
これは人の体内の消化酵素では分解されない難消化性オリゴ糖なので、腸まで到達させることができ、善玉菌のエサとなるのです。
また、他の難消化性オリゴ糖の例として、砂糖と乳糖から合成されるガラクトシルスクロースは、「○○○のおかげ」という皆さんもご存知の製品に使われています。
次は虫歯発生のメカニズムと酵素の関係についてです。
虫歯菌が産生するデキストランスクラーゼは、糖転移酵素の一種です。この酵素が砂糖を分解し、切れたブドウ糖を次々に重合させることによって、デキストランが合成されます。このデキストランは強い粘着性を持つため、虫歯菌を巻き込んで歯に付着します。これがいわゆる歯垢です。ここで糖を摂ると、歯垢中の虫歯菌が酸を生成します。この酸が歯のエナメル質を溶かすことで、虫歯が形成されます。
以上が大まかな虫歯のメカニズムです。主な虫歯対策としては、以下の3つが挙げられます。
1)糖転移の受容体(オリゴ糖)を用いて、デキストラン合成を抑える
2)デキストラン合成酵素であるデキストランスクラーゼの活性を阻害する
3)虫歯菌自体に作用させて、菌の作用を抑える
などがあります。
1)と2)はどちらもデキストランの合成を阻害することで歯垢の生成を防ぎます。3)は例えば静菌作用のあるキシリトールが挙げられますね。
デキストラン分解酵素(デキストラナーゼ)は、「酵素の力で歯垢を分解」とCMで謳っている某マウスウォッシュにも入っています。
最後は包括活性についてです。
シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼと呼ばれる長い名前の酵素は、デンプンを分解して糖転移反応によってシクロデキストリンというオリゴ糖を合成します。シクロデキストリンは、6〜12個のグルコースが環状に繋がった構造を持ちます。
その中央部は空洞になっており、この空洞に様々な分子を包括できるという特性があります。これが包括活性です。包括の目的は、不安定物質の安定化や難溶性物質の可溶化、色や香りの包摂(包み込み)など多岐にわたります。
身近な製品例では、松岡修造さんのCMで有名な消臭スプレーが挙げられます。これは包括活性の特性を活かして悪臭を包み込んでいます。
また、チューブタイプの練りショウガや練りワサビはいつ中身を出しても香りがたちますよね?しかし本来、ショウガやワサビの鮮烈な香りは揮発性で、すりおろしてしばらく経つと香りは飛んでしまいます。この香りを閉じ込めているのも包括活性の特性を利用しています。
他にも、高濃縮させたカテキンの力でメタボ防止を謳っているトクホのお茶がありますよね。これも包括活性を利用した製品の1つです。本来カテキンは苦く、高濃度にするとさらに苦くなりとても飲めません。この苦味の成分を包括活性によって包み込み、飲みやすくしているわけですね。
このように、包括活性は身近な製品にたくさん利用されていることが分かると思います。
今回の授業において、糖転移反応が頻繁に産業利用されていることが分かりました。
みなさんが将来新たな特性を持った糖質製品を作り出す際にも、この知識は必ず役に立つものです。ぜひ、頭に入れておいて下さい。
【取材:皆藤 昌利(広報課)】
【取材日:2017年12月28日】 ※所属は取材当時