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2024年7月31日

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私たちのチャレンジ ―「総合知」「共創」、そして未来へ/辰巳砂 昌弘学長

大阪公立大学は、それぞれ約140年の歴史を持つ2つの公立大学、大阪市立大学と大阪府立大学が融合し、2022年4月に開学しました。学問領域では12の学部・学域と15の大学院研究科を擁する総合大学です。
開学から2年を経た今、初代学長である辰巳砂 昌弘(たつみさご まさひろ)学長に大阪公立大学の目指す未来についてお聞きしました。

大阪公立大学の「総合知を大切にした教育」

インタビュアー

まもなく開学3年目を迎え、2025年秋の森之宮キャンパスの開設も視野に入ってきました。“本格始動の春”ともいえるこの時にあたって、あらためて大阪公立大学の「総合知を大切にした教育」について、ご紹介いただきたいと思います。

辰巳砂 昌弘学長(以下、辰巳砂)

2021年の3月に閣議決定された第6期の「科学技術・イノベーション基本計画」では、我が国が目指す社会(Society5.0)の実現に必要なものとして

  • サイバー空間とフィジカル空間の融合による持続可能で強靱な社会への変革
  • 新たな社会を設計し、価値創造の源泉となる「知」の創造
  • 新たな社会を支える人材の育成

の3つが挙げられていますが、これらをまとめて「総合知による社会変革と知・人への投資の好循環」が今後の課題として求められるとしています。

写真:インタビュー中のたつみさご学長

第6期の基本計画は気候危機や新型コロナウイルス感染症などの喫緊の諸課題を踏まえて策定されてきたのですが、このような人類的な危機への対処の方略として「総合知」が掲げられたのは非常に意義深いものだと考えています。

もちろん「総合知」のもつ意義は昔から論じられてきたものですが、コロナ禍などの社会変容もあって、広い視野に立って政策決定していくことの重要性を私たちはあらためて思い知らされました。言い換えると、「よりよく生きる = Well Being」という大きな観点にあまり目を向けずに、単に「専門知」だけを追究していればいいという時代ではなくなったということです。

ただ、これまでの大学はどちらかと言えば閉鎖的な空間で、学問領域間や学内外の連携などにはあまり情熱を傾けてはいませんでした。私たちは、2025年秋に開設する森之宮キャンパスのコンセプトを「知の森」としていますが、それはまさに「木を見て森を見ず」の状態から脱却し、広く高く視野をひろげて「木も森も見る」ことのできる大学を目指しているところです。

統合して備わった「総合知の探究・創造」に最適な環境

インタビュアー

「総合知の探究・創造」はまさに時宜を得たテーマだったということがよくわかります。いわば「時の利」を十分に生かしながら新しい大学づくりが進められたということですね。「時の利」以外にも、「総合知」を具現化していくための条件が必要だったのではないでしょうか。

辰巳砂

その点でも本学は非常に恵まれた状況にあったということが言えます。いくら「総合だ、総合だ」と理念ばかりを訴えても、それを可能にする学内の研究資源、教育資源、それらを支える重厚な組織などがなければ、掛け声倒れになってしまいます。本学は「時の利」も享受しながら、「組織の利」にも恵まれていたのです。

本学は「公立大学法人大阪」のもとに大阪市立大学、大阪府立大学を統合して設置されましたが、それぞれの学問領域は相補的であり、「総合知の探究・創造」に最適な環境が備わっていました。大阪市立大学が得意としていたのは人文社会、医学、理学の分野です。大阪府立大学が得意としていたのは理工系、農学系です。つまり両者が相補いながら広大な学問領域をカバーすることが可能になったわけです。

本学の学士課程は1つの学域と11の学部で構成されています。医学部と獣医学部が同じ大学に設置されているなど、領域の多様性や充実度は非常にユニークです。つまり本学には他の公立大学の追随を許さない「組織の利」があったということです。ほかに大学院としては、以上の13の組織に対応した大学院のほかに、都市経営研究科と情報学研究科の2つの独立研究科を擁しています。学生数は約16,000人。まさにこのスケールメリットこそが「総合知の探究・創造」を可能にしてくれているのです。

社会課題を解決する「共創」

インタビュアー

「総合知」とならんで「共創」というキーワードもありますが、この2つの関係はどうとらえればいいのでしょうか。

辰巳砂

これまではよく、「産学連携」と言われてきました。たとえばより性能のいい機械を生産して業績を上げたいという産業界の要求と、研究成果を活かしてみたいという大学側との要求を合体させるという考え方です。しかしこれでは、産業界も大学もそれぞれが自己目的の実現のために動いているというスタンスになりかねません。両者が力を合わせることでまったく新しい価値を生みだし、それが結果的に両者のメリットとして還元されてくる…、そういうスタンスではありませんでした。

「共創」は文字通り、「共に」新しいものを「創造」していくことです。さきほど述べた「総合知」にも絡んでくる話ですが、サステイナブルな社会の実現など、さまざまな知見を持ち寄らなければならない社会的課題が山積しています。また、地球全体という大きな話ばかりではなく、ここ大阪の足元でも「共創」していくことで解決できる社会課題はたくさんあるはずです。となると、単なる「産と学」だけの共創ではカバーしきれないということが明らかになります。ですので、私たちは「産・学・官・民」の共創が必要だと考えているのです。

「産学官民共創で社会課題を解決し、新しい社会を創造する」拠点として「イノベーションアカデミー(ia)」を開きました。iaでは現在ドイツ人工知能センターとの連携のもと、「スマートシティ」「スマートエネルギー」「スマート農業」「スマートヘルスケア」「子ども未来社会」の5つの共創研究ユニットが駆動し始めています。これも本学が目指す「知の拠点となる高度研究型大学」の一つの方向を指し示しています。

「総合知」を創出するための「専門知」

インタビュアー

「総合知」の大切さはよくわかるのですが、そうするとこれまでの「専門知」の位置取りはどうなるのでしょうか。

辰巳砂

一方で「専門知」も非常に大切で、専門知があってこその総合知です。基本的には専門知をしっかりと学び研究することが必要です。ただ、そのこと自体が究極の目的なのではなくて、そこで得られた知見がどう生かせるか、未来社会に向けてどんな風にその成果が羽ばたいていくかという将来への展開可能性を常に意識しておくことが必要なのです。言い換えると、いつでも新しい学びに取り組めるように、新しい学びに必要な知見を「引き出しに入れておく」ということです。

たとえば、私は安全性が高く長寿命な全固体電池の開発研究に取り組んできました。私の立場は無機材料化学です。しかしこの研究が実用化されて世に出た時にどう使われていくのだろうか、その研究で人々は幸せになるのだろうかということを考え始めると、化学の世界だけではもう手に負えなくなります。この問いに答えるには技術畑だけではなく、自然科学に加えてたとえば心理学や経済学、さらには哲学のような社会科学、人文科学のさまざまな分野の知見を総動員していかなければなりません。

写真:インタビュー中のたつみさご学長

つまり「総合知」を創出するために数多くの「専門知」が必要になってくるわけです。最初から「総合知」を目指して研究するというわけではないのです。ですから学生の皆さんには、これまで人類が築き上げてきたさまざまな叡智の結集である「学問(専門知)」をしっかり学びとっていただきたいのです。そのために学士課程という入口が用意されているわけです。

「総合知」への“架け橋”

インタビュアー

大学に進学したいと思っている高校生は、たぶん「文学を研究したい」「システム工学に興味がある」などというように、これまでの学問分野をイメージして進路選択してくると思います。学士課程での、言わば専門知への接近と、掲げている「総合知」への接近との2つをつなぐ“架け橋”をどう提供していくかは難しいのではありませんか。

辰巳砂

そうですね。これからの課題もたくさんあるのですが、例えば「初年次ゼミナール」という本学の授業はその“架け橋”の一つに位置付けてもいいのかなと思います。「1年次全学生の必修科目としてさまざまな学問分野やテーマから興味・関心に応じて学ぶ内容を選択し、グループワークやディスカッション、フィールドワークなどの能動的な学修を通じて、大学で主体的に学ぶ姿勢を身に付ける」のがその趣旨です。

このゼミナールでは、1つのテーマに対し、同じような「興味・関心」を持つ学生がさまざまな学部・学域から集まります。 授業は全学の教員が担当し、あとの資料にあるように、文系、理系を問わず約200 のテーマが用意されています。

一例として「『古民家 vs タワーマンション』どちらに住みたい?」というゼミナールは次のような活動が行われました。

大工棟梁の経験と勘でつくられた古民家と最新の工学技術によりつくられたタワーマンション、どちらに住みたいか?代々住み継がれてきた古民家と代々住み継がれるかわからないタワーマンション、どちらに住みたいか?現地見学を行い情報収集して、ほかのメンバーと課題や新たな可能性について議論し、自らの(先入観を乗り越え)考えをまとめてプレゼンテーションをしました。さらに成果を最終報告書にまとめ、関係者にフィードバックしました。

このゼミナールは工学部建築学科の教員が主催したものなのですが、このテーマを追究するなかで、学生たちは単に建築技術の問題だけではなく、歴史の重みとは何か、合理性とその限界とは…などさまざまな課題を発見したはずです。民家とタワマンという何げない切り口からも、「俯瞰して、総合的に考える」ことの大切さや面白さに気づいていったはずです。

こうして高等学校時代とはまったく異なる「考える」作法をアップデートして、それぞれの専門へと進んでいくわけです。

実はこれとよく似た発想の試みはかなり以前に神戸大学教養部(当時)の「G」という制度でも行われていました。所属の学部とはまったく関係なしに集まるわけですから、一つのGに文学部や工学部や医学部などさまざまな学生が集まってくることになります。そこで互いに異なる価値観や人生観、世界観に出会います。それは各学部での専門の学びと同様に、学生時代の貴重な思い出になっていたようで、卒業後もGの仲間との交流が何十年も続いているという話を聞きますが、それも大学という場での一つの貴重な学びがそこにあったからだと思います。

特色ある研究教育組織

インタビュアー

大阪公立大学ならではの研究教育組織としてはほかにどのようなものがありますか。

辰巳砂

学部組織は1学域と11学部からなっているのですが、この「学域」というのが本学の1つのユニークな組織なのです。「学域」は、文理融合した広領域の課題を追究しようとした研究教育の場として大阪府立大学において2012年にスタートした試みですが、内容的には本学が目指す「総合知」の視点を先取りしたようなものでしたから、教育組織の目玉として継承発展させて、学部と並ぶ学士課程の一つとして位置づけたわけです。

現代システム科学域では全入学定員260名のうちの60名を学類ではなく学域単位で募集しています。この学域のスローガンとして「初年次から一貫した教育でサステイナビリティ志向性を獲得」「学問分野の壁を超えた領域横断的応用力とシステム的思考力を獲得」「課題解決型のPBL(Project Based Learning)プログラムで実践力を強化」の3つを掲げています。

初年次の必修科目を履修したあとは「知識情報システム学類」「環境社会システム学類」「教育福祉学類」「心理学類」に分かれます。詳しくは大学案内冊子を参照してほしいのですが、このスローガンだけ見ても、この「学域」が本学のめざす方向の一つの具現だということがわかるのではないかと思います。

また、農学部応用生物科学科と獣医学部が連携した「食生産科学副専攻」、農学部応用生物科学科と緑地環境科学科が工学部と連携した「植物工場科学副専攻」など「副専攻」というカリキュラムを展開していますが、これも学問領域横断的な私どもならではの挑戦です。

現代的な視点から思想・文学・演劇・音楽・美術・映画・モード・サブカルチャーなどを対象とした比較研究を展開する「文学部・文化構想学科」や、気候変動や社会構造の変化への適応策、循環型社会やスマートシティに必要な要素技術と、それらを融合し歴史・文化を継承し創造するための計画・設計・構築・保全を行う技術を習得させる「工学部・都市学科」なども、「総合知」への接近を意図した新しい研究の方向性を示していると言えます。

さらに、2024年度から、3年生を対象とした「高年次ゼミナール」もスタートします。具体的な展開はこれからの課題ですが、初年次ゼミナールと高年次ゼミナールという「総合知」への2つのアプローチで学士課程を包むというユニークな発想です。ほかにも学部・学域間の垣根をできるだけ低くして、「知の総合化」が掛け声だけに終わらないような努力をしています。

学生たちに託す夢

インタビュアー

最後に、学生たちにどんな夢を託したいとお考えですか、お聞かせください。

辰巳砂

私は『大阪公立大学2025』という大学案内冊子の「挨拶」ページで、次のように記しました。

長い人生の中で、大学で過ごす年月は短いのですが、これほど自由を謳歌できる時は二度とありません。自分の裁量で自分磨きを出来るのが大学で、学問との出会い、人との出会い、ここでのすべての経験は皆さんの将来の財産になります。

大学とはそういう場所なんですね。自由に考えること、さまざまな学問や人との出会いは既成概念をほぐし、新たな視点を生む…、そういう経験を経ることで人の思考はおのずから「総合」「共創」を目指す方向に広がっていくのです。大学自身もこれまでの研究一辺倒の世界から抜け出そうとしています。SDGsが叫ばれAIが人類に挑戦してこようとしている今日、大学も変わらなければなりません。

困難な課題に果敢に挑戦していかなければならないという意味では、大阪公立大学も、本学で学んでいる学生の皆さんも、これから本学を目指そうとしている若い人たちも、同じスタートラインに立っていると言えるでしょう。

キャンパス写真
左:中百舌鳥キャンパス 右:杉本キャンパス

参考リンク