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2025年3月21日
- 教員
- 在学生
社会心理学の観点から、心の法則性を解き明かす/文学部 橋本ゼミ
文学部の橋本 博文准教授のゼミでは、ヘルプマークの普及・活用を促すための効果的なメッセージに関する研究や、列車とホームの隙間に子どもが転落することを防止する「こども隙間転落防止プロジェクト」の効果検証などを行っています。今回は橋本先生とゼミ生の皆さんに、研究や活動内容などについてお話をお伺いしました。
参加者
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学生
- 永延 佳那子さん(文学研究科 人間行動学専攻 博士前期課程2年)
小林 右京さん(文学研究科 人間行動学専攻 博士前期課程2年)
山下 小雪さん(文学部 人間行動学科4年)
宮本 実空さん(文学部 人間行動学科3年)
教員- 橋本 博文(文学部准教授)
※所属・学年は取材当時
- 永延 佳那子さん(文学研究科 人間行動学専攻 博士前期課程2年)
橋本先生のご専門について教えてください
- 橋本 博文准教授(以下、橋本)
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私の専門は社会心理学で、社会に身を置く人たちの心や行動の法則性を明らかにするための研究を行っています。平たく言えば、人間が持っている「心のクセ」が社会現象とどのように関わっているのかを調べています。例えば、ついつい他人と協力してしまう私たちの心のクセを解き明かす研究などはその一例です。「なぜ人は協力しないのか」と不思議に思う方もいらっしゃるかと思いますが、社会心理学の観点から実験を行ってみると、協力するインセンティブがない状況なのに、ついつい協力をしてしまうというケースが散見されます。では、なぜ私たち人間はそんな心のクセを持ち合わせているのでしょう?そういった問いを調査や実験を通して深く考えているのが、私や私の研究室に所属する院生や学生の研究の特徴です。人間の協力性を扱う研究の他にも、もう一つの主たる研究テーマとして、文化に特有とされる心や行動も扱っています。欧米の人たちと比較した場合の日本人の心のクセとは何か、といったテーマはその一例です。私自身、院生や学生の皆さんとワクワクしながら研究を行っています。
また、最近は社会応用を意識した研究も始めています。例えば、ヘルプマークの普及・活用のためにどのようなメッセージの提示が効果的であるかを調べる研究や、列車とホームの隙間に10歳に満たないお子さんが転落することへの注意を促す「こども隙間転落防止プロジェクト」の効果検証などがその一例です。これらの研究については、ゼミに所属する学生と共に研究室単位で取り組んでいます 。 -
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どのようなゼミなのか教えてください
- 橋本
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ゼミでは学部生と院生が一堂に会する形で、それぞれの興味関心、研究内容について、意見交換を行う時間を大切にしています。
- 永延 佳那子さん(以下、永延)
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橋本ゼミでは、全員で意見交換をしながら、それぞれの研究を進められるところが良い点だと思います。
- 橋本
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やっぱり意見交換はとっても大切で、私自身の考えとゼミ生の考えのズレが言語化されると、それだけでワクワクしますね。そして、じゃあ、そうしたズレを解き明かすような調査や実験のデザインを皆で考え、答え合わせをしてみようという話になります。仮説を導き、調査や実験を通した検証を行うと、橋本の考えの方が浅はかだった、みたいなことがあったりして、すごく盛り上がります。永延さんも人間の協力性に関する実験研究を行っているのですが、得られた知見を踏まえると、やっぱり人間の協力する心のクセって面白いなと感じさせられます。
- 永延
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私は、自ら先んじて協力を示すことの意味とためらいに関する研究をしています。実験では、誰がどのような行動をとったか、対面の実験者も含め他の人には絶対にわからないような状況を設定し、1回限りの囚人のジレンマゲームを用いた協力性の実験を行います。この実験では、自分が先に協力を示すと、相手から裏切られてしまうリスクがあるにもかかわらず、相手はきっと協力するだろうと予測して、実際に協力の手をとる参加者の方々の行動が見て取れます。しかし、協力を相手に示すことの意味を理解しつつも、自ら先んじて協力の手をとりたがらない参加者の心理も顕著にみられます。現在は、こうした心理が日本人特有のものか、世界的にみても一般的と言えるのかを調べています。
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- 橋本
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とても面白い研究です。永延さんの研究では、実験で実際に行った意思決定に応じたアルバイト代を支払うという手続きをとっています。自分のことだけを考えた選択もできるし、見ず知らずの他者をも考慮した選択をすることもできる状況をつくり、その選択の結果も明確にしているわけです。そうした状況で、自分のことだけを考えてもいいのに、見ず知らずの相手が協力を選択したことを知った後では、協力でお返しするような選択が示されるわけです。互恵行動や協力行動を採用するように促す私たちの心のクセを、こうした実験ゲームを通した研究や、場合によっては眼球運動測定機器を用いて調べるという研究を繰り返し行います。そして、そうした研究の成果を蓄積していくと、どうやら、人間の互恵性や協力性は「初期設定(デフォルト)としての心のクセ」だと考えることもできます。このような人間の心の性質をなんとかデータで解き明かせないかと考え続けるところにこそ、研究の醍醐味があると思います。
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ゼミを通じて得られた経験をお聞かせください
- 山下 小雪さん(以下、山下)
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「こども隙間転落防止プロジェクト」に関する調査のために、JR環状線内の駅でアンケートカードを配布する機会があったので、人前での活動に対してハードルが下がったと思います。
- 橋本
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宮本さんはこのプロジェクトに関する調査・実験を卒業研究にするためにプロジェクトリーダーとして取り組んでいますね。
- 宮本 実空さん(宮本)
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はい、このプロジェクトは、JR西日本と大阪市立デザイン教育研究所が中心となって実施しているものなのですが、私は、このプロジェクトの効果測定に関わっています。最近では、キッズプラザ大阪で行われた「スキマモリ安全教室」の場で、小さいお子さんを連れた保護者の方にアンケート調査を行いました。ダンボール模型を用いて、電車とホームの隙間の危険性を実体験してもらったお子さんとその保護者の方の声をできるだけ多く集めて、データ分析を行い、プロジェクト関係者にフィードバックを行っています。
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- 橋本
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社会応用の場で、社会心理学の知見をどのように活かすかを考えさせていただく場は、私たちにとって、とっても貴重です。この安全教室では、「スキマモリ」と合言葉を唱えるようお子さんに促して、隙間を渡る体験を行ってもらうことにトライしました。単に隙間は危ないと伝えるだけでは、お子さんはもちろん保護者の方の認識やモチベーションは変わりづらいのです。恐怖を喚起するようなアプローチはそれ単体では不十分で、どうすれば危険性を回避できるのかについて具体的な手立てもセットで提示することが大切です。そのことをただ単に考えるだけではなく、今回のようなイベントに赴き、その効果を検証しているというわけです。
社会応用の場にも足を踏み入れて初めてわかることがあります。その意味で、さまざまなところで失敗を恐れずに経験を積むことを意識することも大切だと思うので、ゼミ生には思い切って海外に行くことも勧めたりしています。ちなみに、小林さんは今年アメリカで学会発表を行いました。- 小林 右京さん(以下、小林)
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私は献血に関する研究を行っているのですが、その研究知見をまとめて、アメリカのサンディエゴの学会でポスター発表をしました。私は、人々の献血意図を高めるためには、単に道徳心に訴えかけるだけでは不十分であると考えています。そこで、橋本ゼミで取り組んでいるヘルプマークの啓発の取り組みを参考にしながら、未来志向メッセージ、つまり「長い目で見れば、あなた自身やあなたの家族の誰かが輸血を必要とする日が来るかもしれない」、そして「献血への協力は、あなたを含むすべての人たちの命を救うことにつながりうる」、といったメッセージを伝えることで、献血意図が高まるかどうかを調べる研究をしています。
- 橋本
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献血やヘルプマークに関する研究では、人々の「思いやり」に訴えかけようとするのではなく、状況や設定、フレームなどを変え、人々にとってのインセンティブに変容をもたらすようなアプローチが展開できないかと考えています。イソップ寓話「北風と太陽」を例に挙げるとすれば、人々の心の中身に直接アプローチするような「北風さんアプローチ」ではなく、社会的な環境を整えることで人々にインセンティブを提供する「太陽さんアプローチ」を目指しているわけです。そうしたアプローチが、実際の献血者数を増やす可能性を見出すことにつながれば、研究室単位のプロジェクトとしては成功ではないかと思っています。
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研究のテーマはどこから見つけてくるのですか?
- 山下
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私は、日本人の自尊心の低さをテーマとし、卒業論文をまとめているのですが、このテーマは、日常的な疑問をきっかけにしていました。橋本先生の講義の中で、日本人の自尊心が53か国中最下位であることを示す研究が紹介されており、そうしたデータは、本人の自尊心の低さだけに起因しているのかと疑問を持ったのです。むしろそうではなくて、他者の目を気にするあまり自尊心を低く見せているだけなのではないか、この仮説は支持されるのかと思い、問うべき問を設定して、今実験をしています。私の同期に関して言えば、私と同じように身近な疑問・関心からテーマを見つけてくることもありますし、ゼミナールの時間に行う輪読で、テーマを見つけてくることもあります。
- 橋本
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山下さんが現在取り組んでいる研究には私もとても関心をもっています。自尊心が高いことをまわりにアピールすると、場合によっては他者に否定的な印象を与えるのではないかと心配するあまり、戦略的に低く自尊心を表明しているのではないか、ということですね。自尊心を高めればよい、とナイーブに考える風潮もありますが、アメリカのカリフォルニア州で行われた自尊心を高める教育プログラムの反省を見ても、なかなか功を奏するとは言い難いところもあります。日本でも、子どもの自尊心を安易な形で高めようとする動きがありますが、山下さんの研究のように、自尊心の低さが本当に本心の現れなのかをちゃんとデータで押さえておかなければいけません。その意味で、このテーマで卒業研究をまとめると決めて、調査や実験で丁寧にデータを押さえたうえで解釈しようとしてくれているのはうれしい限りです。
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橋本先生が研究を通して大切にしていることはありますか?
- 橋本
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社会で起こるさまざまな出来事を理解しようとするときに、私たちはついつい個人の心のあり方ばかりに目を奪われてしまいます。社会心理学では、こうした私たちの「心のクセ」のことを根本的な帰属の誤りと呼ぶのですが、このクセによって、心と社会の関係を見る目が曇ってしまうということがよくあります。個人の心の問題を深く考えることも重要ですが、現代社会を生きる私たちが直面している問題について研究を通して分析的に捉えるためには、心と社会を多様な視点から眺める視座が必須です。この視座を身につけるうえで、社会心理学という学問は一役買ってくれるはずです。
ゼミや講義を通して、学生さんや院生さんが、社会の問題を自分自身の問題として分析してみたいと思ってくれるようになると、とっても嬉しいです。社会心理学を教える一教員として、そう思う学生を一人でも多く増やしたいと思っています。-
ゼミ生の皆さんから、受験生、高校生へのメッセージをお願いします
- 山下
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心理学は統計の分析などが必要で大変そうだというイメージがありましたが、実際にゼミに入って研究してみると、自分の関心事であれば楽しみながら続けられると感じました。苦手な印象がある方も、関心があれば心理学を学んでみてほしいです。
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- 永延
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自分と知らない人の考え方や物の見方を言葉一つで気付くことができるのが、心理学を学ぶ魅力だと思います。橋本ゼミは和気あいあいとした雰囲気で皆と意見交換をして、研究を進めることができます。少しでも興味がある方は、ぜひ橋本先生の講義を受けてみてください。
- 小林
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橋本ゼミでは、道徳論や人のあるべき論のみに頼るのではなく、インセンティブをどう設計するかという観点から心理学の話ができるのが魅力です。今後も研究を続けていきたいと思っており、心理学の魅力をより広く知っていただきたいです。
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関連サイト
▼橋本研究室(外部サイト)
https://sites.google.com/view/hirofumihashimotolab▼大阪市立デザイン教育研究所 スキマモリ「こども隙間転落防止プロジェクト」(外部サイト)
http://www.omcd.ac.jp/sukimamori/ -
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