最新の研究成果

光を用いて量子流体の渦を可視化 ―見えない渦を見る―

2022年5月6日

  • プレスリリース
  • 理学研究科

<本研究のポイント>

◆超流動ヘリウム※1という量子的性質を持つ流体中の渦(=量子渦※2)を、光技術によって半導体シリコンナノ粒子を用いて可視化することに成功。
◆自然界にある「渦」を理解するために、量子渦が注目されている。しかし、これまでは限られた手法でしか量子渦の実験ができなかった。
◆従来用いられてきた固体水素※3などの特殊な材料ではなく、半導体シリコンを含む多様な材料からなるナノ粒子による量子渦の可視化の可能性を示した。
◆半導体シリコンナノ粒子は光との相互作用が強いため、量子渦・ナノ粒子複合系の光による操作など全く新しい研究展開への道を開いた。

<概 要>

 大阪大学大学院基礎工学研究科の蓑輪陽介助教、大学院生の青柳 翔太さん(博士前期課程)、芦田昌明教授らの研究グループは、大阪公立大学大学院理学研究科・南部陽一郎物理学研究所の坪田誠教授、大阪市立大学大学院理学研究科の大学院生の乾聡介さん(博士後期課程)らと共同で、超流動ヘリウム中の量子渦を、半導体シリコンナノ粒子を用いて可視化することに成功しました(図1)。これまで、超流動ヘリウム中の量子渦を可視化するためには、固体水素などの特殊な材料が必要とされてきました。
 今回、蓑輪陽介助教らの研究グループは、光技術を極低温物理学研究へ導入することで、世界で初めて、半導体シリコンナノ粒子が量子渦の中心軸に捕捉されることを実証しました。また、この捕捉された粒子群を観察することで、量子渦の様子を可視化できるということが示されました。本研究手法は半導体シリコンに限らない多様な材料に適用可能であり、量子渦の研究に新たな展開をもたらすものです。
 本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、5月5日(木)午前3時(日本時間)に公開されました。

Picture1図1

半導体シリコンナノ粒子(赤い丸)による量子渦の可視化の模式図。量子渦の中心軸上にナノ粒子が捕捉され整列する。

<研究の背景>

 自然界には風や川などに代表される様々な流れが存在しています。この流れの多くは、実は複雑に乱れた「乱流」であることが分かっています。乱流は多数の渦が絡み合った状態と考えることもできますが、通常の流体中では渦の厳密な定義は難しく、取り扱いが複雑なことが研究の妨げとなっていました。近年、この乱流現象に全く別の角度から迫りうる研究対象として量子渦が着目されてきました。量子渦は、その量子的な性質のために明確な定義が可能であり、非常に安定な構造として実験科学とも相性が良いのが特徴です。しかし、超流動ヘリウム中の量子渦は非常に細い(0.1ナノメートルほど)ため、そのままでは観測できないという点が大きな課題となっていました。

<研究の内容>

 本研究では、レーザーアブレーション※4という光を用いて微粒子を作製する技術を、超流動ヘリウムという極低温の液体中に導入することで、世界で初めて半導体のシリコンナノ粒子を用いて量子渦を可視化することに成功しました。そして、レーザーアブレーションによって超流動ヘリウム中で作製された大量のシリコンナノ粒子が、量子渦の中心軸上に捕捉され整列することを明らかにしました。また、ナノ粒子群の様子を観察することで、量子渦の再結合現象(図2)を捉えることに成功しました。2本の量子渦が接触した瞬間に、互いの繋ぎ変えが起き、その後、急速に反発し遠ざかっていきます。これが再結合現象です。実験的に観察された再結合の振る舞いは、理論予測と一致することが分かり、本研究で可視化している対象が確かに量子渦であることが明確に示されました。

Picture1図2

量子渦の再結合の模式図。接触した2本の量子渦が互いと繋ぎ変えた後に、急速に離れていく。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

 本研究成果により、多様な材料を用いて量子渦が可視化できることが示されました。特に、これまで用いられてきた固体水素微粒子とは異なり、光との相互作用が強い半導体微粒子が利用可能であることから、光を用いた量子渦研究への新しい道筋が拓かれます。量子渦に捕捉された微粒子群は量子渦と強く相互作用し合うため、例えば微粒子を媒介として、光を用いて量子渦を捕捉・自由に操作するような研究が可能になるのではないかと期待されます。

<特記事項>

本研究成果は、2022年5月5日(木)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:

“Visualisation of quantised vortex reconnection enabled by laser ablation”

著者名:

Yosuke Minowa, Shota Aoyagi, Sosuke Inui, Tomo Nakagawa, Gamu Asaka, Makoto Tsubota, Masaaki Ashida

DOI:

https://doi.org/10.1126/sciadv.abn1143

 なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「革新的光科学技術を駆使した最先端科学の創出」研究領域(研究総括:田中耕一郎)における研究課題「光トラップ技術による量子流体力学の開拓」(課題番号:JPMJPR1909、研究者:蓑輪陽介)の一環として行われました。

<用語説明>

※1 超流動ヘリウム

液体ヘリウム42.1 K(ケルビン)以下に冷やすことで現れる量子力学的効果が顕著な液体。粘性は非常に小さく、熱伝導性が非常に高いなどの性質を持つ。

※2 量子渦

超流動ヘリウムに代表される量子流体中に存在する渦。流れの循環が量子化されるために、その太さや存在領域は明確に定義可能で、通常の実験環境では1種類の量子渦しか存在しない。

※3 固体水素

水素ガスを超流動ヘリウムなどの極低温環境に吹き付け、導入することで、固体化・微粒子化することができる。これまでの量子渦の可視化では主に固体水素微粒子が用いられてきた。

※4 レーザーアブレーション

高強度レーザーパルス光を固体に照射することで、瞬間的に対象固体を溶融・蒸発・プラズマ化 させる手法。基板の微細加工や薄膜製作・微粒子生成など様々な目的に用いられる。

プレスリリース全文

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担当:教授 坪田 誠
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