最新の研究成果
脂肪肝による肝がんの進行が腸内細菌によって促進されるメカニズムの一端を解明
2022年6月25日
- プレスリリース
- 医学研究科
本研究のポイント
◇高脂肪食の長期摂取で腸管バリアが脆弱化し、肝臓に移行・蓄積したグラム陽性腸内細菌叢の細胞壁成分であるリポタイコ酸が肝臓に移行・蓄積。
◇肝臓に蓄積したリポタイコ酸のトル様受容体を介した刺激により、老化肝星細胞※1中のタンパク質・ガスダーミンDが酵素切断され、生じたN末端側の部分が集合して細胞膜上に小孔を形成、その小孔からがんを促進する物質(IL-1β、IL-33を含むSASP因子)が細胞外に放出。
◇放出されたSASP因子のIL-33が、がん細胞に対する免疫を抑制する制御性T細胞※2(Treg細胞)を活性化し、がんの増殖をより促進。
概要
大阪公立大学大学院医学研究科・病態生理学の大谷直子教授、山岸良多助教を中心とするグループは、同肝胆膵病態内科学の河田則文教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授、広島大学大学院・統合生命科学研究科の中江進教授らと共同で、肝臓に移行した腸内細菌叢の成分であるリポタイコ酸が、肝がん微小環境を変化させてがんの増殖進展を促進するSASP(Senescence-associated secretory phenotype、細胞老化随伴分泌現象)因子を老化肝星細胞から放出させるメカニズムを明らかにしました(概要図参照)。
がんの組織はがん細胞そのものだけでなく、線維芽細胞や免疫細胞など、様々な種類の細胞種が集まって「がん微小環境」を構成しています。進行したがん組織の微小環境ではがん細胞周囲の細胞ががんの増殖を助長していると考えられています。本グループは、脂肪肝を素地とする肝がん微小環境では、肝星細胞と呼ばれる線維芽細胞が細胞老化を引き起こしており、「細胞老化随伴分泌現象(SASP)」という様々な分泌因子を放出する現象が生じ、その分泌因子(SASP因子)ががんの増殖を促進することを以前から見出していました。しかしこれまでにSASP因子の放出メカニズムについては明らかにされていませんでした。
本研究では高脂肪食摂取による肥満誘導性肝がんのマウスモデルを用い、老化肝星細胞の細胞膜上にガスダーミンDというタンパク質が酵素切断されて生じたN末端側の部分(以降GSDMD-Nと略記)が集合して形成される小孔を介して、SASP因子に含まれるサイトカインIL-1βとIL-33が細胞の外部に放出されることを明らかにしました。また、高脂肪食摂取マウスでは、腸管バリアが脆弱化しており、肝臓にグラム陽性腸内細菌の細胞壁成分であるリポタイコ酸が蓄積していました。さらに、蓄積したリポタイコ酸は老化肝星細胞にトル様受容体2(TLR2)を介した刺激を入れ続け、酵素切断で生じたGSDMD-Nによる細胞膜上の小孔形成とそれに続くIL-33やIL-1βの放出を促進していることもわかりました。老化肝星細胞から放出されたIL-33は、その受容体ST2が陽性の制御性T細胞(Treg細胞)に作用し、がんの増殖を促進させることがわかりました。また、GSDMD-NはヒトのNASH(Non-alcoholic steatohepatitis)肝がんの腫瘍部にある肝星細胞でもその存在が認められました。これらの結果から、ガスダーミンDによる小孔形成を阻害する薬剤は肝がんの予防や治療につながる可能性があります。
本研究成果の詳細は、2022年6月25日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌『Science Immunology』(IF = 17.727)電子版に掲載されました。
概要図 肝臓に蓄積したリポタイコ酸の肝星細胞膜上のトル様受容体2(TLR2)を介した刺激により、発現したカスパーゼ11がガスダーミンDを切断。生じたGSDMD-Nが集まって細胞膜上に小孔を形成し、その小孔からSASP因子のIL-1βやIL-33が放出される。放出されたIL-33は、その受容体ST2を発現するTreg細胞を活性化する。その結果、抗腫瘍免疫が抑制され、高脂肪食摂取によるNASH肝がんが進行する。
研究者からのコメント
IL-33の肝がん促進作用は比較的早期に見出していたものの、そのST2陽性Treg細胞への作用は、他の癌腫で報告があったため、それだけでは新規性に乏しい状態でした。今回の研究経過でブレークスルーとなったのは、腫瘍部から単離した老化肝星細胞において、肝臓に蓄積したリポタイコ酸に対する高い反応性を見出したことです。生体の環境を模倣した実験で多くの発見がありました。長くかかりましたが、がん予防にもつながる発見ができ、Science Immunologyに採択され良かったと思います。共同研究者の皆様に心より感謝いたします。
大谷直子教授
掲載誌情報
雑誌名: |
Science Immunology(IF = 17.727) |
論文名: |
Gasdermin D-mediated release of IL-33 from senescent hepatic stellate cells promotes obesity-associated hepatocellular carcinoma |
著者: |
プレスリリース最終ページご参照 |
DOI番号: |
10.1126/sciimmunol.abl7209 |
資金情報
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」領域における研究開発課題「腸肝軸を介した腸内細菌叢が関わる肝疾患発症メカニズムの解明とその制御(研究開発代表者:大谷直子)」、
AMED革新的がん医療実用化研究事業「がん微小環境における細胞間ネットワークの制御による新規がん予防・治療法の開発(研究開発代表者:大谷直子)」、
公益財団法人高松宮妃癌研究基金(研究代表者:大谷直子)
公益財団法人武田科学振興財団(研究代表者:大谷直子)
公益財団法人ヤクルト・バイオサイエンス研究財団(研究代表者:大谷直子)
補足説明
※1老化肝星細胞:肝臓の類洞という血管の壁と肝実質細胞の間に存在する線維芽細胞のこと。強いDNA損傷など様々なストレスが細胞に加わった場合に、不可逆的に細胞周期が停止します。その状態を「細胞老化」と呼びます。この場合は、細胞老化が生じた肝星細胞を老化肝星細胞と表現しました。細胞老化状態になると、しばしば、様々な分泌因子を産生するようになり、この現象を「細胞老化随伴分泌現象」と呼びます。
※2制御性T細胞:免疫細胞の中でも、免疫反応の司令を出すと言われるヘルパーT細胞の一種。主に胸腺や消化管で発生し、免疫を抑える作用を担っています。過剰な炎症の抑制に必要な細胞ですが、がん組織においては、がん細胞に対する抗腫瘍免疫を抑制し、がん細胞の増殖を促してしまいます。英語では Regulatory T cell の頭文字をとって Treg(Tレグ)細胞とも呼ばれます。
研究内容に関する問合せ先
大阪公立大学大学院医学研究科 病態生理学
担当:教授 大谷 直子
TEL:06-6645-3711
E-mail:naoko.ohtani[at]omu.ac.jp [at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:上嶋 健太
TEL:06-6605-3411
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp [at]を@に変更してください。
AMED事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構
シーズ開発・研究基盤事業部革新的先端研究開発課
TEL:03-6870-2224
E-mail:kenkyuk-ask[at]amed.go.jp [at]を@に変更してください。
該当するSDGs