最新の研究成果
犬の口腔扁平上皮癌の悪性化メカニズムを発見 ―治療や診断に役立つ可能性のある新たな分子を発見した―
2023年8月4日
- 獣医学研究科
- プレスリリース
ポイント
◇犬の口腔扁平上皮癌において、ポドプラニン(PDPN)と呼ばれる膜タンパク質が高発現し、癌細胞の増殖や運動、幹細胞性を促進していることを発見した。
◇本研究グループでは犬口腔扁平上皮癌の症例組織においてPDPNが高発現していることを報告してきた。これまで、犬の口腔扁平上皮癌に高発現するPDPNの役割は不明であったが、本研究成果により、犬口腔扁平上皮癌の悪性化を促進していることが発見された。
◇PDPNが犬の口腔扁平上皮癌の新たな治療標的や診断を補助するためのマーカーになると期待される。
概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の西村亮平教授、大阪公立大学大学院獣医学研究科の野口俊助准教授、東北大学大学院医学系研究科の加藤幸成教授らの研究グループは、これまでの研究においてポドプラニン(PDPN、 注1)と呼ばれる膜タンパク質が口腔扁平上皮癌(注2)をはじめ、悪性黒色腫や脳腫瘍など犬や猫の種々の悪性腫瘍において高発現していることを発見し、報告してきた。PDPNは胎児発生において血管やリンパ管に運動能を誘発し、分化に関わる分子として知られている。また、成体においてはリンパ管や肺胞上皮などに発現しており、止血機構に関連する分子として知られている。しかし、正常な口腔扁平上皮細胞においてPDPNは発現しておらず、口腔扁平上皮癌細胞においてPDPNがどのような役割をしているのかわかっていなかった。
研究グループは、まず口腔扁平上皮癌の症例犬の組織において、口腔扁平上皮癌の予後不良と関連する細胞増殖マーカーとPDPN発現の関連について検証した。その結果、PDPN発現の高い症例犬由来の検体ほど、細胞増殖マーカーの発現率が高く、PDPNが犬口腔扁平上皮癌細胞の悪性化に関わっている可能性が高いと考えられた(図1)。そこで、つぎに口腔扁平上皮癌に罹患した症例犬の手術検体を由来に作成した犬口腔扁平上皮癌細胞株を用いてPDPNの機能について詳細な検証を行った。PDPNを高発現する犬口腔扁平上皮癌細胞株に遺伝子操作(CRISPR/Cas9法)を行い、PDPNを欠損した細胞株を作成した。作成したPDPN欠損細胞株とPDPNを高発現する親株を比べたところ、細胞の増殖能に加え、運動能や幹細胞性がPDPN欠損細胞株において低下していることを発見した(図2)。つまり、PDPNが犬口腔扁平上皮癌において細胞の増殖能、運動能、幹細胞性といった腫瘍の悪性化に関わる機能を促進していることが明らかになった。
本研究では、これまで意義の不明であった犬口腔扁平上皮癌におけるPDPNの高発現が犬口腔扁平上皮癌細胞の悪性化を促進していることを明らかにした。犬の口腔扁平上皮癌は早期であれば外科手術により根治も期待できるものの、発見が遅れた進行癌では外科手術により取り切ることができない。そのような進行癌症例では放射線治療などによる緩和治療が適用されるものの治療成績はあまりよくない。本発見では、PDPNが腫瘍の増大や浸潤を促進し、放射線治療への抵抗性に関連する幹細胞性の維持に関わっている可能性を明らかにした。したがって、今後、PDPNによる悪性化の促進メカニズムについて解析を進めることで、進行犬口腔扁平上皮癌に対する新たな治療法の実現につながることが期待される。また、PDPNを高発現する犬口腔扁平上皮癌は予後が悪い可能性が高く、今後多数症例における予後解析により新たな予後予測マーカーとしての発展も期待される。
図1 犬の口腔扁平上皮癌の症例由来組織において、ポドプラニンが高発現する症例ほど細胞増殖マーカーの発現が高い
(左図)症例由来組織のポドプラニンおよび細胞増殖マーカー(Ki67)の免疫染色像(茶色が陽性細胞)。
(右図)ポドプラニン高発現症例群は低発現症例群に比べて、各症例の増殖マーカー発現割合が高い。
図2 ポドプラニンを欠損した犬口腔扁平上皮癌細胞株では、増殖率が低下した
A)ポドプラニン発現親株(Ctrl)を由来にポドプラニン欠損細胞株(PDPN-KO)を作成し、ポドプラニン発現の消失を確認した。
B)ポドプラニン発現親株(Ctrl)を由来に作成したポドプラニン欠損細胞株(PDPN-KO)では、ポドプラニンの遺伝子領域に変異を導入することに成功していることを確認した。
C)ポドプラニン欠損細胞株(PDPN-KO)はポドプラニン発現親株(Ctrl)に比べ有意に増殖抑制が認められた。
**: p< 0.01
掲載誌情報
【雑誌】The Journal of Veterinary Medical Science
【論文名】Podoplanin promotes cell proliferation, survival, and migration of canine non-tonsillar squamous cell carcinoma
【著者】Masahiro Shinada, Daiki Kato*, Masaya Tsuboi, Namiko Ikeda, Susumu Aoki, Takaaki Iguchi, Toshio Li, Yuka Kodera, Ryosuke Ota, Shoma Koseki, Hayato Shibahara, Yosuke Takahashi, Yuko Hashimoto, James Chambers, Kazuyuki Uchida, Shunsuke Noguchi, Yukinari Kato, Ryohei Nishimura, Takayuki Nakagawa. (* 責任著者)
【DOI】 https://doi.org/10.1292/jvms.23-0062
資金情報
本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科研費(課題番号:19K22361、21K20614)、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(課題番号:JP22ama121008、JP22am0401013)の支援により実施されました。
用語解説
(注1) ポドプラニン(PDPN)…細胞膜上に発現する糖タンパク質であり、本研究グループが世界に先駆けて、犬猫の種々の悪性腫瘍において高発現していることを発見し、報告してきた。
(注2) 口腔扁平上皮癌…早期であれば外科手術により治ることもあるが、進行癌では放射線治療などが適用されるものの局所浸潤性が強く、骨浸潤などにより採食や嚥下困難などの症状により死亡してしまうことの多い悪性腫瘍である。犬の口腔悪性腫瘍としては2番目に多い癌である。
研究に関する問い合わせ先
大阪公立大学 大学院獣医学研究科 獣医学専攻 獣医放射線学教室
准教授 野口 俊助 (のぐち しゅんすけ)
Tel: 072-463-5484
E-mail: snoguchi[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
TEL:06-6605-3411
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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