最新の研究成果
毒性の強い腸内細菌が造血幹細胞移植の重篤な合併症を引き起こすことを発見 -ファージ由来の溶菌酵素による新規治療薬の開発へ-
2024年7月11日
- 医学研究科
- プレスリリース
ポイント
◇造血幹細胞移植患者の腸管内で毒性の強い腸内細菌を特定。
◇この腸内細菌はバイオフィルム※1を形成し、腸管内で増加していることが明らかに。
◇メタゲノム解析から同定したファージ由来の溶菌酵素(エンドライシン※2)で、バイオフィルムごと菌を溶解。
◇エンドライシンの投与が移植片対宿主病(GVHD)の悪化を抑制し、死亡率を大幅に改善することをマウスで確認。
概要
近年、“腸内細菌叢の乱れ”がさまざまな疾患で見られることが、ゲノム解析技術の向上により明らかになってきました。臓器移植では、免疫細胞が移植された臓器を異物とみなして攻撃し、拒絶反応が起こります。白血病治療などで行われる造血幹細胞移植では、移植された造血幹細胞由来の免疫細胞が、移植患者の臓器を異物とみなし攻撃する「移植片対宿主病(GVHD)」を発症することがあります。これまでの研究で、造血幹細胞移植の治療過程で腸内細菌叢のバランスが乱れ、エンテロコッカス属の細菌が増加することで、GVHDが悪化することが報告されていました。
大阪公立大学大学院医学研究科ゲノム免疫学の植松 智教授(東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野特任教授を兼任)、藤本 康介准教授(東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野特任准教授を兼任)らと、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター健康医療インテリジェンス分野の井元 清哉教授らの共同研究グループは、大阪公立大学医学部附属病院の造血幹細胞移植(同種移植)患者46名の糞便のメタゲノム解析を実施。46名のうち30名でエンテロコッカス属の細菌が増加していることを明らかにしただけでなく、一部の症例で毒性の強いエンテロコッカス・フェカーリス(Enterococcus faecalis)が存在し、GVHDの発症に関わることを見出しました。
造血幹細胞移植の治療では、感染症から身を守るために抗菌薬を使用しますが、この毒性の強いE. faecalisは腸管内でバイオフィルムを形成することで、抗菌薬から逃れて増殖していると考えられました。また、毒性の強いE. faecalisを定着させたマウスでは、GVHDが悪化することが明らかとなりました。そこで本研究グループは、E. faecalisに特異的に作用し、バイオフィルムを破壊することが可能な溶菌酵素を探索するため、E. faecalisのメタゲノム解析を行いました。その結果、新規の溶菌酵素(エンドライシン)の配列を同定し、その精製に成功しました。このエンドライシンを毒性の強いE. faecalisを定着させたGVHDモデルマウスに投与したところ、GVHDの悪化を抑制し死亡率が大幅に改善することを確認しました。本研究で得られたファージ由来のエンドライシンは、今後GVHDの新規治療薬の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、日本時間2024年7月11日(木)に国際学術誌「Nature」のオンライン速報版に掲載され、10月3日(木)にResearch Briefingsに選出されました。
同種造血幹細胞移植は治療効果の高い治療法ですが、GVHDなどの重篤な合併症のリスクがあります。同種移植患者の腸内では毒性の強いE. faecalisが増加し、それによりGVHDの病態が悪くなりやすいことを明らかにしました。さらに、E. faecalisに特異的な溶菌酵素エンドライシンを同定し、世界に先駆けて生体内でのその有効性を示しました。本研究成果は将来的なGVHDの新規予防法・治療法に繋がることが強く期待されます。
藤本 康介准教授
掲載誌情報
【発表雑誌】Nature
【論文名】An enterococcal phage-derived enzyme suppresses graft-versus-host disease
【著者】Kosuke Fujimoto†, Tetsuya Hayashi†, Mako Yamamoto, Noriaki Sato, Masaki Shimohigoshi, Daichi Miyaoka, Chieko Yokota, Miki Watanabe, Yuki Hisaki, Yukari Kamei, Yuki Yokoyama, Takato Yabuno, Asao Hirose, Mika Nakamae, Hirohisa Nakamae, Miho Uematsu, Shintaro Sato, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Yukihiro Akeda, Masayuki Hino, Seiya Imoto*, and Satoshi Uematsu* (†共同筆頭著者、*共同責任著者)
【掲載URL】https://doi.org/10.1038/s41586-024-07667-8
用語解説
※1 バイオフィルム…微生物や微生物が産生するさまざまな物質が集合してできた構造体。微生物自身が産生する物質(菌体外多糖類など)によって微生物を覆う形で形成される。バイオフィルム内では微生物は増殖を繰り返す。
※2 エンドライシン…ファージが細菌を破壊するための酵素。細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカンを分解する。
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院医学研究科
准教授 藤本 康介(ふじもと こうすけ)
TEL:06-6645-3926
E-mail:kfujimoto[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:竹内
TEL:06-6605-3411
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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