
最新の研究成果
スーパーカミオカンデ実験とT2K実験によるニュートリノ振動データの初の統合解析
2025年2月26日
- 理学研究科
理学研究科 山本 和弘准教授、清矢 良浩教授らの国際共著論文が「Physical Review Letters」に2025年1月2日に公開され、Editors' Suggestionに選ばれました。
研究の背景
宇宙はビッグバンにより生まれたことは広く認められていますが、素粒子物理学によるとそのとき物質(粒子)と反物質(反粒子)は同数生まれなければなりません。しかし、現在の我々の宇宙には物質しか無く反物質は人工的に生成する以外は無くなってしまっています。これは宇宙が冷えたときに、最初に生まれた粒子と反粒子がお互い再結合して対消滅し、光になってしまったためであると考えられています。ただし、生成した粒子と反粒子が何も変わらなければ、全て対消滅して無くなってしまいます。そのため、対消滅前に粒子と反粒子がより安定な状態へと崩壊する過程で粒子と反粒子に差異があり、粒子数が反粒子数より僅かに多くなったために、再結合時に対消滅を免れた残りの粒子が現在の宇宙であると考えられています。その数は最初の生成時の10億分の1に過ぎません。本研究グループは宇宙創成に必要なこの粒子と反物質の差異(CP対称性の破れという)を、ニュートリノと反ニュートリノの振る舞いの差異から導き出そうとしています。また、ニュートリノには3種類あることが分かっていますが、その質量の順序(質量階層)は理論で予言できず、世代が大きくなるにしたがって重くなる順階層なのか、そうではない逆階層なのかも実験から明らかにしようとしています。
研究の内容
本研究グループでは国際共同研究として、J-PARC(茨城県東海村)で人工的に生成されたミュー型ニュートリノのビームを295 km離れたスーパーカミオカンデ(SK、岐阜県飛騨市)に打ち込み、その間に電子型ニュートリノに変化するニュートリノ振動という現象を詳細に測定しています(T2K実験)。また、J-PARCではニュートリノを生成する巨大電磁石に流す電流の向きを反転させることでミュー型反ニュートリノの生成も可能で、それによりミュー型反ニュートリノから電子型反ニュートリノへ振動する確率も詳細に測定しています。測定期間は既に15年に渡っており、大量のデータが蓄積されています。それらを用いてミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへ振動する確率とミュー型反ニュートリノから電子型反ニュートリノへ振動する確率の非対称性を求めたところ、ニュートリノと反ニュートリノの性質に差異が認められ、CP対称性の破れが存在する可能性が大きくなりました。また、SK実験はJ-PARCからのニュートリノを検出するだけでなく、地球の遥か上空で生成される大気ニュートリノも30年近く観測を続けています。SK実験もニュートリノ振動を研究していますが、T2K実験ほど精度はありません。ただしニュートリノは物質との相互作用が非常に弱く、SK実験では地球の裏側からやってくるニュートリノも観測することが出来ます。ニュートリノは地球を通り抜けてくる間に僅かに物質との相互作用を起こし、この物質効果により質量階層を解く鍵を与えてくれます。T2K実験とSK実験はそれぞれ異なる強みを持っており、しかもニュートリノを観測するために同じ検出器を用いていることから、今回2つの実験でそれぞれ蓄積された膨大なデータを合わせた統合解析を行い、両実験で補完し合い不確実性を減らして解析精度を向上させることに成功しました。詳しくは、両実験の系統誤差(測定の特定のバイアスや不確実性)の相関を考慮した共通モデルを構築し、これが両実験のデータを正確に説明できることが確認しました。その結果、ニュートリノの質量階層は順階層が好ましく、CP対称性が破れている有意性が1.9σ(97.1%)から2.0σ(97.7%)の信頼水準の範囲で得られました。しかもその破れの大きさは最大に近く、宇宙の物質創成の謎の解明に向けて重要な結果をもたらしました。
図1 スーパーカミオカンデ検出器での電子型ニュートリノ反応事象。
図2 実験で得られたニュートリノ振動パラメーターに対する1σの信頼水準の許容領域(T2Kのみ:青、SKのみ:黄、SKとT2Kの統合データ:赤)
期待される効果・今後の展開
現在の宇宙の創成に必要なCP対称性の破れは、陽子や中性子を構成しているクォークでも発見されましたが、その大きさは宇宙を説明するには余りにも小さく、その他の源が探索されてきました。そこに今回の統合解析の結果によりニュートリノにもCP対称性の破れが高い確率で存在し、しかもその大きさが最大に近いことが分かってきたことで、宇宙が存在する謎に迫ることが出来ます。T2K実験とSK実験は2027年に始まるハイパーカミオカンデ実験※に引き継がれますが、そこではより大きな検出器と大強度のニュートリノビームおよび改良された解析手法により、ニュートリノ質量階層問題やニュートリノのCP対称性の破れに対する最終的な答えが導き出されることが期待されています。
高統計・高精度なデータを得るために長い時間がかかりましたが、謎の素粒子とされていたニュートリノの性質を詳しく調べることができたとともに、現在の宇宙が存在する理由を解明する鍵を得ることができたのは本当に嬉しく思います。今の若い人たちが後に続いてくれることを期待します。
山本 和弘准教授
論文情報
【発表雑誌】 Physical Review Letters
【論 文 名】 First Joint Oscillation Analysis of Super-Kamiokande Atmospheric and T2K Accelerator Neutrino Data
【著 者】 Y. Seiya, K. Yamamoto, et al. (Super-Kamiokande Collaboration and T2K Collaboration)
【掲載URL】https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.011801
資金情報
本研究は、JSPS科研費21K03591の助成を受けたものです。
用語解説
※ハイパーカミオカンデ実験:2027年の開始が予定されているT2K実験とスーパーカミオカンデ実験の後継実験で、J-PARCでは1.3 MWの陽子ビームから生成される大強度ニュートリノビームを実現し、さらにスーパーカミオカンデ検出器の約10倍の超純水をたたえる超巨大水チェレンコフ検出器であるハイパーカミオカンデ検出器を建設し、T2K実験の約30倍のニュートリノの観測を目指す。ニュートリノのCP対称性の破れが最大ならば、開始約3年で発見が可能である。
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院理学研究科
山本 和弘(やまもと かずひろ)
TEL:06-6605-2647
E-mail:kazuhiro[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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