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コインの両面から感染症に挑んだ北里柴三郎の戦い

多くの人々の命を奪っていた感染症は、近代医学の進歩によって20世紀の半ば頃から克服されていくのですが、そのきっかけをつくったのはドイツの細菌学者、ロベルト・コッホ博士でした。感染症は病気ごとに固有の微生物が引き起こすということを見出し、結核菌を見つけてその治療の道を拓いたのです。

ドイツで結核治療の最新研究が行われているということで、明治政府から派遣されたのが北里 柴三郎博士でした。当時は、コッホの手法を使って微生物学上の大発見が連続した時代で、毎週のように新しい病原体が報告されていました。北里も破傷風菌やジフテリア菌を見つけましたが、それだけでなく彼がすごかったのは、感染によって人の体内に毒素を無毒化する物質ができることを発見したことです。今では、その物質こそが抗体という免疫反応によるものであることがわかっています。これは治療に使えると考え、破傷風菌やジフテリア菌を打ち込んだ馬の血液から液体成分である血清をとって治療に使う、血清療法を確立しました。

彼が130年ほど前に見つけた抗体による治療法は、現在でも感染症治療・予防のベースになっています。新型コロナウイルス感染症でも使われた回復者血漿療法はまさに血清療法ですし、モノクロナール抗体薬も抗体のクローンを大量につくって病原体をやっつける薬です。ワクチンだって、抗体を人為的につくらせて予防する方法ですね。

もちろんこの130年で感染症治療のテクノロジーはものすごく進歩し、新型コロナウイルス感染症研究でも本当に多くのイノベーションが起きました。しかしそれらは、あくまでも北里が打ち立てた原理に基づいたものであり、彼の業績の大きさを改めて実感させられます。

もう一つ私が尊敬する点は、北里が感染症の克服にとって基礎研究と公衆衛生対策はコインの裏表、ともに進めなければならないと考え、自ら実現に挑んだことです。基礎研究の傍ら今の厚生労働省にあたる役所で医系技官のような仕事をし、さらに医師会を創設して初代会長にも就任。人々の健康を守る医療・保健システムの構築に貢献しました。

行政がリードする日本の感染症対策のスキームは、北里がその礎を築きました。今の私たちの健康は、ゼロから制度をつくりあげた彼の努力に支えられていると言えるかもしれません。だからこそ、できあがった制度にあぐらをかいていてはいけないなと思います。今の時代の人々の健康を守るにはどういうシステムがいいのか、理念に根差して真摯に考え続けていくことの大切さを彼が教えてくれているような気がします。

プロフィール

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研究医学研究科 教授
城戸 康年

医学研究科 基礎医科学専攻 教授。

博士(保健学)、医師。2022 年より現職。早稲田大学理工学部卒業、大分大学医学部卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。主な研究分野は新興・再興感染症学領域における微生物学、分子疫学、臨床薬理学。アフリカで結核、エイズ、マラリアの三大感染症や顧みられない熱帯病、新型コロナウイルス感染症などといったグローバル感染症を研究。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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