ヤングケアラー支援が法に明記されたのは大きな一歩
まずはヤングケアラーとはどういう存在なのかを濱島先生に伺いました。
「ヤングケアラーとは、家族のケアをする子どもや若者のこと。障がいや病気、高齢などのためケアが必要な家族がいて、家族の世話や家事、介護をしたり、親に代わって幼いきょうだいの面倒を見ている子どもや若者のことです。また、日本語を第一言語としない家族のために通訳をする、介護で疲れた家族の愚痴を聞く、落ち込む家族を慰めるといった感情的サポートを行っている子どもや若者も含まれます」
改正された子ども・若者育成支援推進法では、ヤングケアラーを『家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者』と定義し、国や地方公共団体等が支援に努めるべき対象とするとしています。濱島先生は、ヤングケアラーを支援対象として明記したことは大きな一歩であり、さらに若者も対象に含めた意味は大きいと話します。
「改正法以前からヤングケアラー支援に取り組む自治体はありましたが、18歳未満・以下を対象としているところがほとんどでした。実際には18歳以上になってもケアが続いていたり、大学生や20歳前後になったときに親が病気になったり祖父母に介護が必要になることもあります。自分の人生の基礎を築く時期にケアを優先せざるを得なくなると、人生に大きな影響を与えるので、若者も支援対象に含まれてよかったと思います」
一方で、“過度に行っている”と定義したことには「誤解がないようにしなければ」と濱島先生。「“過度”にこだわりすぎると問題も出てきます。例えば、『自分はそこまでやっていないからヤングケアラーじゃない』と思ってしまって、相談しにくくなったり、逆に“過度”とレッテルを貼られることに抵抗感を覚える子も。そうすると、ヤングケアラーの存在がより潜在化する可能性があります。法改正に伴う通知では、狭めすぎないようにとも書かれています。ケア時間の長短や本人がしんどいと思っているかどうかに関わらず、ケアを要する家族をケアしていれば誰もがヤングケアラー。そこまでしんどい状況にはなっていないヤングケアラーが多いものの、中には学校のある日に7、8時間のケアを担っている場合もあり、今回の改正法はそうした子どもや若者をしっかり支援していくために、支援対象となるヤングケアラーを定義したものです」
日本で初めて子どもを対象としたヤングケアラー実態調査を実施
今でこそ社会的な関心が高まりつつあるヤングケアラーですが、一般に知られるようになったのはほんの数年前のことです。もともと大人のケアラー、家族介護者の研究をしていた濱島先生がヤングケアラーという言葉と出会ったのは2010年、イギリスで開催されたケアラーに関する国際会議でした。
「会議でヤングケアラーという言葉が飛び交っていましたが、初めて耳にしたのであまりピンときませんでした。ところが、帰国して大人の家族介護者の調査をしていると、端々にその存在が見え隠れするんです。『仕事で忙しいときには子どもに祖母を見てもらう』『介護の愚痴を娘が聞いてくれる』など。見守りもケアのひとつですし、愚痴を聞くのは感情的サポートなので、頼まれた子どもはヤングケアラーです。これは調査しなくてはと思いました」
子ども自身に調査を行うのはハードルが高いのですが、理解ある校長の協力などもあり、2016年に濱島先生の研究チームは大阪府の高校生約5,000人を対象とした質問紙調査を実施。これが、子どもを対象とした、日本で最初のヤングケアラーの実態調査です。
この2016年の調査ではヤングケアラーの存在割合は5.2%、約20人に1人が家族のケアをしているとの結果が得られましたが、当時の社会からの反応はほぼなかったといいます。
「たとえ子どもでも、家族だから当たり前との考え方が強かったです。『それくらいするでしょ』『お手伝いを否定するのか』と、ネガティブな反応がありました。日本に根強く残る家族主義的な部分から、ヤングケアラーの状況にフタをしようとする力があったように思います」
その後、2020年には国が全国調査を行い、2021年には大阪市と濱島先生の研究チームが大阪市の中学生を対象に全数調査を実施。調査によって数字が出たことによりメディアの報道が増え、議員が国会や地方議会で質問、それをまたメディアが取り上げて、社会的な注目が高まっていきます。国が調査したというインパクトは強く、ヤングケアラーが一定数いると信じてもらえるようになりました。それまで一部の自治体では独自に条例を設けて支援していたとはいえ、ようやく国がヤングケアラーに対する補助事業を開始したのです。
もっとヤングケアラーの特徴を踏まえた支援を
「2020年ごろからの展開は早かったですね。追い風が吹いてきたなと思ったら一気に嵐のようになりました」と濱島先生。それでも、まだ課題は残ると話します。一つは調査の方法です。調査の課題は二つあり、通学できていないヤングケアラーをいかに把握するか、という問題と、自覚のない子どもたちに尋ねる調査なので、正確に把握することが難しいという問題です。実態を把握するためには、さらに工夫を加える必要があると思います。
もう一つの課題は、支援が努力義務であること。また、支援の内容も従来の居場所事業や学習支援のようなものが主流で、まだ十分に練られていません。もちろん、それらは大切ですが、「話せてよかった。楽しかった」で終わりにしてはいけないと言います。
濱島先生は、2019年に元ヤングケアラーたちとともに、ヤングケアラーの支援を行う特定非営利活動法人『ふうせんの会』を設立。ヤングケアラーや元ヤングケアラーたちが自分のことを安心して話せる場“つどい”を作りたいとの思いから始まり、その後、さまざまな支援プログラムを作ってきました。例えば、現在は大阪府の福祉基金を利用して、“つどい”を開催したり、大阪市のヤングケアラー寄り添い型相談支援事業では、電話などで相談支援を行うピアサポート、役所などに書類提出する際やオープンキャンパスへ付き添う同行支援、ケアのためになかなか自分の将来を考える機会のないヤングケアラーのためのキャリア支援として企業見学会などを行っています。その他、シンポジウム開催や講師派遣といった啓蒙活動も実施。ヤングケアラー同士の交流場所を設けるだけでなく、彼らがよりよい生活を送るためのサポートを模索し実践しています。
「イギリスのある支援団体では、ケアと自分の生活を両立するためのスキルを身につけるプログラムを提供しています。ヤングケアラーは自分の感情を抑制する傾向にありますが、感情を自覚して表出できるようにしたり、相談先を整理してさまざまなサポートを使えるようにするなど、家族のケアと自分の人生をうまくハンドリングできるスキルを身に付けるプログラムがあるのです。ケアを要する家族がいるという環境の中でも自分の人生を歩んでいけるように、ヤングケアラーの特徴を踏まえた支援を考える必要があります」
ヤングケアラーとその親についても理解してほしい
今後も、濱島先生は研究と実践の両輪でヤングケアラー支援に取り組むと言います。目指しているのは、どういう状況のときにしんどくなりやすいのかを分析すること。境界線のようなものがわかれば、学校の先生や地域の人が相談につなぐタイミングがわかります。同時に、『ふうせんの会』と連携しながら、有効な支援プログラムを検討したいと話します。
最後に、ヤングケアラーに対して私たち大人はどのように向き合えばよいのかを尋ねました。
濱島先生は「がんばっているね」「何かあったら声をかけてね」など、ちょっと声をかけるだけでも違うといいます。自分を見てくれる人がいることで安心でき、勇気づけられ、救いになるのです。
そして、何よりも大切なのはヤングケアラーのことはもちろん、その親のことも理解すること。つい親を批判したり児童虐待を疑いそうになりますが、しんどいヤングケアラーの背景にはしんどい親がいます。親自身も子どものことを心配したり、子どもに対して後ろめたい思いを抱えていることもある、ということを理解してほしいと濱島先生は話しました。
「ヤングケアラーに限らず、親の介護など、ケアラーはいつでも誰でもなりうるもの。日本では根強い家族主義により、家族をケアしていることを周りにオープンに話せない雰囲気があります。家族が認知症になったときに隠そうとする動きはありますし、特に精神疾患や精神障がいに対する差別・偏見は大きい。まずはそうした差別・偏見をなくして、家族のケアについて当たり前に話せる社会にならなくては。障がいを持っている人や病気の人、外国から来た人など、いろいろな人が一緒に暮らしているのが私たちの社会だという認識を持てるようにするのが大切ではないでしょうか」
プロフィール
現代システム科学研究科 現代システム科学専攻 教授
現代システム科学研究科 現代システム科学専攻 教授
博士(学術)。1993年日本女子大学人間社会学部社会福祉学科卒業、1999年同大大学院人間社会研究科博士課程後期満期退学、2017年金沢大学大学院で博士(学術)取得。大阪歯科大学医療保健学部教授などを経て、2024年より現職。家族介護者やヤングケアラーに関する研究を行い、2016年に日本初の子どもを対象としたヤングケアラーの実態調査を実施。特定非営利活動法人「ふうせんの会」を立ち上げ、さまざまなヤングケアラー支援を行う。著書に『子ども介護者―ヤングケアラーの現実と社会の壁―』(2021年、KADOKAWA)、『ヤングケアラー 先輩たちの体験談』(2023年、ポプラ社、共著)など。
※所属は掲載当時