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Research
未知なる研究分野の開拓を目指し、錯体化学・有機金属化学・有機化学・生物学・材料化学の境界領域の研究を展開することにより、機能性金属錯体・有機金属化合物・生体関連分子・π共役系分子の機能を融合したハイブリッド分子システムの開発を進めています。また、遷移金属錯体による分子変換システムの開発では、安価で入手が容易なバナジウムや鉄を触媒とする二酸化炭素やバイオマスの変換技術の開発を行っています。
Development of Environmentally-Benign Catalytic Systems
従来華々しく触媒として用いられてきた貴金属群は枯渇の懸念があるため、希少金属を用いない効率的な触媒反応の開発が今後の重要な課題となっています。持続可能な地球環境を目指し、本研究室では,クラーク数が高く、安価で入手が容易なバナジウムおよび鉄触媒を用いた触媒的分子変換システムやバイオマス変換技術の開発に取り組んでいます。
生体必須元素の一つと考えられている前周期遷移金属バナジウムは生物環境に広く分布しており、その化合物は生体内の種々の反応の制御に関与しています。また、バナジウムはクラーク数が高く、安価に入手できる金属です。バナジウムは高いルイス酸性、多様なレドックス状態、酸素親和性を有するため、新奇な有機反応や特にレドックス反応への展開が期待されています。また、鉄は地殻中存在量が第4位であるため、貴金属のように枯渇の懸念もなく非常に安価であり、高いルイス酸性とレドックス特性を有するため、希少金属に代わる金属触媒としての開発が期待されています。このような背景のもと、バナジウムや鉄中心が繰り出すルイス酸性・レドックス特性・酸素親和性に基づく分子変換触媒システムの開発に取り組んでいます。
バナジウムのレドックス特性を触媒サイクルに組み込むことにより、臭素化酵素の機能を卓越した環境調和型の酸化的臭素化触媒および酸化的芳香族化触媒の開発に成功しています(Figure 1.1)。すなわち、分子状酸素を用いた臭化物イオンのブロモカチオン活性種への触媒的変換です。さらに、ハロゲン化物イオンとルイス酸との組み合わせにより、触媒的塩素化およびヨウ素化も可能にしています。オキソバナジウム(V)錯体のルイス酸性と酸素親和性を触媒サイクルに組み込むことにより、アリルアルコールの直接アミノ化反応の触媒システムを開発しています(Figure 1.2)。副生成物は水のみで、本触媒システムは不要な廃棄物の生成を抑えたクリーンな触媒システムです。
さらに、バナジウム触媒のルイス酸性・レドックス特性・酸素親和性を巧みに利用することにより、量論量の金属還元剤を必要としないアリルアルコールの脱酸素還元的カップリング反応の触媒システムの開発にも成功しています(Figure 1.3)。脱酸素カップリング反応はバイオマス活用の観点からも特筆すべき反応であり、バイオマス変換技術の開発推進への貢献が期待されます。
二酸化炭素を地球環境に対する脅威と考えるのではなく、貴重な資源として活用することができれば、二酸化炭素の削減のみならず化石燃料消費の削減にも繋がると考えられます。二酸化炭素を高付加価値な化学品に変換する触媒の開発は、持続可能な低炭素および炭素循環型社会の実現のための重要な研究課題の一つであります。オキソバナジウム(V)触媒のルイス酸性と酸素親和性を触媒サイクルに組み込むことにより、常圧二酸化炭素の触媒的活性化を行い、人々の健康・美を支える医薬品中間体である尿素誘導体の簡便合成法の開発に成功しています(Figure 1.4)。
さらに、取り扱いが容易で安価なバナジウム触媒を用いることにより、ジシリルアミンと常圧の二酸化炭素を原料に用いた触媒的尿素合成の触媒システムの開発にも成功しています(Figure 1.5)。ジシリルアミンと常圧の二酸化炭素を原料に用いた触媒的尿素合成の例はなく、有機合成化学的観点からも非常に興味深い成果です。
三価リン化合物は非共有電子対を有するため通常は触媒毒と考えられています。しかし、我々は三価リン化合物中のリン‒水素結合を炭素‒炭素多重結合に付加させるヒドロホスフィン化反応を見出しています(Figures 1.6 and 1.7)。これらの成果は、有用な二座ホスフィン化合物の簡便な合成法として世界中で注目され、他の遷移金属を用いた追従研究が盛んに行われています。
鉄錯体とインジウム塩の共存下において、有機ニトリル化合物の炭素-窒素三重結合にケイ素-水素 (Si-H) 結合が選択的に2回付加することでジシリルアミン誘導体が生成する反応を、世界に先駆けて開発しています。この反応は有機合成において遷移金属とインジウム化合物の協同効果を示した珍しい例となっています(Figure 1.8)。
最近、イソシアナートへの 2 級ホスフィンのヒドロホスフィン化反応が温和な条件、無触媒かつ無溶媒で進行することを見出し、簡便なホスフィンカルボキシアミドの合成法の開発に成功しています(Figure 1.9)。本反応は、反応時間も短く、収率も良いことからグリーンケミストリー、サスティナビリティーの観点からも非常に有用な反応であると考えています。
Functional Design of Hybrid Molecular Systems Created by Biomolecules
生物学と有機金属化学を融合した生物有機金属化学の未踏の研究分野を開拓しています。自然が創りあげたナノテクノロジーを応用することにより、機能創発的な分子配列制御法を確立するとともに、変幻自在な機能特性を有するハイブリッド分子システムの創成を行っています。
核酸塩基の自己組織化プログラムを巧みに利用した分子配列制御も進めています。ウラシル部位を有する金(I)錯体において、不斉(R)-BINAP配位子を導入することにより金-金軸の不斉誘起に世界で初めて成功し、ウラシル部位での水素結合に基づくらせん状不斉組織体の形成を可能にしています(Figure 2.1a)。グアニン部位を有する金(I)錯体では、グアニン部位の不斉組織化によりグアニンオクタマーが形成され、金(I)中心の空間配列に基づく特異発光を可能にし(Figures 2.1b and 2.1d)、特異反応場構築における核酸塩基の自己組織化の有用性を明らかにしています。また、相補塩基対形成を利用した白金(II)錯体の空間配列制御に成功し、金属間相互作用に基づく特異発光の機能制御を可能にしています(Figure 2.1c)。さらに、核酸塩基共役錯体が高い細胞毒性を示すことを明らかにしています。
Construction of Chirality Organized Supramolecular Systems
方向性、選択性、動的性質、適度な結合エネルギーを有する水素結合を自在に制御することができれば、生体内で見られるような柔軟性と動的性質を兼ね備えた機能性組織体の開発が可能になると考えられます。種々の配列・組合せが可能な生体分子であるアミノ酸や核酸塩基の不斉会合特性を巧みに利用し、タンパク質の二次構造や従来の不斉場とは概念的に異なる独創的な不斉構造規制場の創製および特異反応場の開発を行っています。
動的機能を有する土台分子として、自由回転が可能なシクロペンタジエニル環を持つフェロセンに、ペプチドの最小単位であるジペプチド鎖を導入するだけで、βシート構造やβターン構造などの蛋白質の二次構造の形成制御に成功しています(Figure 3.1a)。その際、ジペプチド鎖の分子内水素結合に基づく不斉構造規制によってフェロセン部位が不斉誘起されることを明らかにしています。アミノ酸の配列・組合せの制御や金属塩との錯体形成により蛋白質の二次構造や不斉組織体の形成制御にも成功しています。さらに、ジペプチド鎖をジスルフィド結合で環状構造に構造規制することにより、アミノ酸の不斉を変化させることなくフェロセン部位の誘起不斉構造の制御に成功しています(Figure 3.1b)。また、ジペプチド鎖の分子内水素結合に基づく不斉構造規制によって形成された不斉場を利用した不斉認識が可能であることも見出しています。本研究は、生物有機金属化学の分野における先駆的な研究として注目されています。
自由回転が可能なフェロセン部位、ホスフィンカルボキサミド部位を有する配位子と金錯体 AuCl(tht) を反応させることで、金-金相互作用を駆動力とした大環状金(I)四核錯体の合成に成功しています(Figure 3.2)。さらに、ゲスト分子として光学活性なアミノ酸誘導体を用いることで、フェロセン部位の不斉構造誘起を可能にしています。
多点水素結合が可能な尿素誘導体を土台分子とする不斉組織体の機能化にも取り組んでいます。そして、尿素-ジペプチド共役分子が、分子間水素結合に基づく不斉組織化により右巻きの二重らせん状会合体を形成し、かつ、水素結合の解離・再編成に基づく分子シャトル運動が可能であることを世界に先駆けて明らかにしています(Figure 3.3)。
ピリジン土台分子にアミノ酸を導入することにより、アミノ酸の不斉会合に基づくらせん状組織体の形成が可能であることを見出すとともに、アミノ酸の不斉の違いによりらせん構造の方向制御(左巻き/右巻き)を可能にしています(Figure 3.4a)。また、らせん構造の構造制御により、白金-白金相互作用の制御に基づく特異発光の機能制御に成功しています(Figure 3.4b)。ピリジン-ジペプチド共役分子からなるパラジウム錯体では、ジペプチド鎖の不斉構造規制によりらせん状組織体を形成するとともに、メタロレセプターとして機能することを明らかにしています(Figure 3.4c)。
ポリペプチドの高次構造に着目した研究も展開してきました。カチオン性側鎖を有するポリリシン(Figure 3.5a)やアニオン性側鎖を有するポリグルタミン酸(Figure 3.5b)が、静電相互作用に基づく機能性錯体の機能創発的な配列・集積化における高次反応場として効率的に機能することを明らかにし、単独の錯体にはない特異機能の発現を可能にしています。また、導入割合やポリマー鎖長の違い、異種金属の導入による発光機能および高次構造の制御に成功しています。機能性錯体のみならず、有機分子の配列・集積化も可能であり、発光機能制御が可能であることを明らかにしています(Figure 3.5b)。
Redox-Active p-Conjugated Systems for Functionalized Catalysts and Materials
次世代の有機電子材料の開発には、新規概念に基づいた分子設計が必要であり、ナノ空間での電子・スピン状態を構造的・電子的に次元制御する必要があります。キラル発光材料では、キロプティカル特性(キラル光学特性)のON/OFFやスイッチングなどの機能付与が望まれています。レドックス状態や、電荷やスピンの相互作用を利用した多段階でのキロプティカル特性の機能化にも挑戦しています。
導電性高分子ポリアニリンおよび構成ユニットであるキノンジイミンとフェニレンジアミン誘導体をレドックス活性な共役系配位子として着目し、レドックス活性な共役錯体のワンポット合成法を見出すとともに、集積型共役錯体の形成制御およびレドックス機能制御を可能にしています(Figures 4.1a-d)。また、フェニレンジアミン誘導体へのアミノ酸の導入に基づく不斉構造規制レドックスシステムの構築を行い、不安定ラジカル種の安定化、不斉構造およびレドックス機能化における分子内水素結合の重要性を明らかにしています(Figure 4.2a)。さらに、フェニレンジアミン部位のレドックス状態や会合制御により、発光特性や電子的相互作用のスイッチングに成功しています(Figure 4.2b)。