研究内容
絶滅の危惧される野生動物種については、保護増殖事業計画が策定され、野生復帰を目指した飼育下繁殖が行われている。しかし自然繁殖が順調でない種や、飼育集団の遺伝的多様性の維持が課題となっている種がある。繁殖に関連する機能遺伝子の個体差や多様性も種の存続に大きく影響するが、その実態は不明である。また個体ごとのストレスや繁殖周期の指標となるホルモン動態は、繁殖の成否を左右するため正確に把握する必要がある。さらに将来の安定した遺伝資源確保のためにも、生殖細胞や受精卵の保存技術も検討する必要がある。
本研究では、これらの問題解決のため生殖細胞の活用範囲を広げる。繁殖に関わるゲノムや内分泌情報を基盤として、保存生殖細胞を用いた人工授精や受精卵作製といった繁殖補助技術を確立する。哺乳類はツシマヤマネコ、鳥類はヤンバルクイナを主な対象とする。DNA、ホルモン、生殖細胞の試料および関連情報を蓄積し、それらを連携することによる保護増殖への貢献を目指すため、2つのサブテーマを設定する。
サブテーマ1の繁殖基盤情報の整備で、国立環境研究所(研究協力機関)に保存されている遺伝資源(細胞、組織等)および非侵襲的に得られる糞や羽根に由来するDNAを解析して、遺伝的多様性、行動や性格の個体差、内分泌機能などの繁殖に影響する要因の関連遺伝子を探索するとともに、同じ糞や羽根から繁殖機能に関わる性ホルモンやストレスのバイオマーカーである副腎皮質ホルモン等の濃度を測定し、遺伝的多様性や近交度、年齢、性格、ストレスが繁殖機能低下に与える影響を評価する。
サブテーマ2の生殖細胞の活用と人工繁殖では、まず基盤情報が充実しているイエネコやニワトリをモデル動物として生殖細胞保存法を新規開発する。次いでその手法を国立環境研究所(研究協力機関)、京都大学、岩手大学で保存中のツシマヤマネコとヤンバルクイナの生殖細胞を活用して種ごとに最適化し、将来的により多くの個体で繁殖を可能とする繁殖補助技術を確立する。
2021年度には、飼育および野生の多数個体の試料と情報の蓄積を行い、遺伝マーカー解析やホルモン濃度測定の条件を整備する。2022年度以降は試料を活用して、性ホルモンやストレスホルモン濃度をモニターする。また遺伝的多様性を評価するマーカーを標準化するとともに、繁殖機能低下の要因となるストレス感受性や社交性などの性格、加齢、内分泌機能に関わる遺伝子の同定と機能解析を実施する。それによって策定した有効な繁殖戦略を飼育施設に提案する。ツシマヤマネコでは遺伝情報が得られた個体の生殖細胞保存および受精卵の作製、ヤンバルクイナでは保存生殖細胞を用いた人工授精による産子の作出までを目標とする。
本課題の成果物である生殖細胞と受精卵は国立環境研究所において長期凍結保存を行い、将来の緊急時に備える。以上のように、本研究の成果は環境施策に大きく貢献し、また、他の絶滅危惧種の保全への応用が期待できる。