パートナーシップ制度が広がりつつも、支援する法整備は進んでいない
性的マイノリティの人たちを指す、LGBTという言葉。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字からなりますが、近頃はLGBTQやLGBT+という呼び方もされています。
「Qはクィアかクエスチョニングの頭文字です。クィアは説明が難しいですが、異性愛的な性規範に当てはまらない人。クエスチョニングは、自分の性自認や性的指向がわからない人が、自称するときに使うことが多いです。LGBTQにも当てはまらない人も含め、LGBT+という言い方をされることもあり、+はたとえば、恋愛対象を男女の枠組みに収めないパンセクシュアルや、自身を男女の枠組みに当てはめないXジェンダーなど、あらゆる人々を含めています」
性的マイノリティに関する話題は、以前よりオープンになってきた印象があります。社会が関心を持つようになった背景には、どのような動きがあったのでしょうか。新ヶ江先生によれば、2010年代の前半から、国連でも人権問題として性的マイノリティをどう考えていくかに、スポットを当て始めたのだといいます。
「2010年代になると、アメリカでは当時の大統領だったバラク・オバマが政策のなかで、LGBTの支援を行うことを宣言し、2015年には同性婚が全米で認められるようになりました。同年、日本でも東京都渋谷区を皮切りにパートナーシップ制度が始められたことを受け、メディアの関心が一気に上昇。東京オリンピックを前に、その開催都市として多様性を認め合う社会をつくろうという機運もあったと考えます」
パートナーシップ制度は加速度的に広がり、今では日本全体の約半分の人口を占める市町村で行われています。とはいえ、この制度には、法的な保証は何もないのだそうです。
「自治体がただ関係を承認しているだけで、異性婚と同等の法的効力はそもそもありません。この制度が広がれば広がるほど、法律の整備は必要ないのではないか、と誤解されることを懸念しています。いまだに同姓婚が認められていないのは、G7のなかでも日本だけです。『今までの家族の価値観を壊すから同性婚は認められない』などという考えは、世界的に見ると相当に時代錯誤で、海外メディアからも強い非難を浴びました。法的なところでは全く進歩がないのが、日本の現状だと感じています」
パートナーシップ制度を導入する自治体が加速度的に増えている(みんなのパートナーシップ制度 https://minnano-partnership.com/より)
差別の温床になりつつも、孤独感への救いにもなっているSNSの発展
女子でもズボンの制服を選べるようになるなど、教育の現場も変わってきています。教員たちも性的マイノリティのことを勉強しようとしていて、どう接すればいいのか学校からの問い合わせが増えてきているそうです。
「一方で差別の問題は根深く、なかでもSNS上では強く残っています。差別発言がとくに顕著になってきたのは、パートナーシップ制度が広がって以降です。たとえば、2020年度からお茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生の受け入れを始めたところ、おかしいとバッシングする人がSNS上に数多く見受けられました」
ネガティブな側面がありつつも、「世界的にSNSが普及したことで、自分と同じ状況で悩んでいる人を見つけやすくもなった」と新ヶ江先生。ポジティブな面でも、SNSの発展は大きいと語ります。
「私が最近、お話しした人のなかに、男性と結婚し、お子さんが生まれた女性の方で、自分がレズビアンかもしれないと思い始めた方がいらっしゃいました。夫に打ち明けたところ、自分たちの関係については子どもが成長してから考えるとして、今の段階では絶対に公言するなと。そういった状況で救いになっているのは、SNS上で同じような悩みを抱える人たちとの交流だそうです。性的マイノリティの人たちが一番苦しいのは、自分のような人間はこの世に自分しかいないと考える孤独感、絶望感です。生き方を探していくうえでも、まずそういう人たちと出会い、つながっていくことが大切。同じ状況の人がいると気づけたら、次のステップに踏みだすこともできますからね」
LGBTQとの向き合い方について話す、新ヶ江先生
カミングアウトを受けて大切なのは、自分への強い信頼を認識すること
もし親しい人からカミングアウトを受けたとき、どういう態度を取るべきなのでしょうか。新ヶ江先生は「一概には言えない」とはしつつ、「ただ、一つ言えることがある」と続けます。
「場合によっては関係性が壊れてしまうかもしれないにもかかわらず、カミングアウトするというのは、あなたを信頼しているからこそ。大切なのは、相手が自分を信頼して話してくれている、その事実をまず認識することです。その人が全身全霊をかけて伝えてくれている行為なので、その人をありのままに受け容れられるよう心がけてほしいです」
LGBTQの当事者に限らず、カミングアウトされた側が思い悩んでしまう問題も起こり得ます。一人で抱えきれず、誤った行為に出てしまうと、取り返しのつかないことにもなりかねません。
「たとえばある大学で、友人にカミングアウトされた男性が、LINE上でほかの人たちに彼がゲイだということを発信したことによって、カミングアウトした男性が大学の校舎から転落死してしまった事件がありました。本人の了解なくほかの人に伝えることをアウティングと言いますが、これは絶対にしてはいけないこと。どうすべきか悩んでしまったら、LGBTQの活動をしているNPOや団体に相談したり、必要な情報を本やネットで調べたりもできますから、アウティングは絶対に避けてください」
誤った認識は、親子の場合も深刻です。子どもにカミングアウトされた、あるいは性的マイノリティだと気づいたときに、「この子は病気なんじゃないか」と病院へ連れていったり、「治さなければいけない」と間違った対応をしてしまう親もいるのだそうです。
「大人になれば、自分の性自認や性的指向をある程度は言語化でき、『こうやって生きていこう』と決められても、小さな子どもですと、自分の感情や気持ちを言葉にできず、もやもやした状態に陥ってしまいがちです。それに対し、親が間違った対応をしてしまうと、その子の人生が脅かされます。子どもや身近な人が性的マイノリティであることに悩んだときは、LGBTQの人たち同様、やはり自分と同じ立場の人たちと出会うことがとても大事です」
違う価値観があることに気づけば、いかに自身が縛られていたかもわかる
社会が変わってきたとはいえ、知らず知らずのうちに、「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という考えに囚われているかもしれません。「結婚して子どもを産むのが当たり前の生き方だ」という感覚はないでしょうか。それに対し、「一生そういうことに縛られて生きていかなければいけないのは、しんどいだろうと思います」と新ヶ江先生。
「近頃の男子学生の中には、女の子と付き合うのが面倒だと話す人がいると聞いたことがあります。なぜなら将来結婚するかどうかもわからない相手に、デート代などを払うのはコスパが悪いからだというのです。それを聞いてびっくりしたのは、まず男性がおごらなければいけないという価値観が未だに当たり前だと考えていることです。男性は女性をサポートするべきだという価値観のなかで生きるのは大変です。性的マイノリティの人たちは、その枠を超え、異性愛的な考え方とは違う次元でものを見ていることも多いと思います。ジェンダーやフェミニズム、LGBTQについて勉強することは、違う価値観があることに気づくという意味でも、非常に重要なのではないでしょうか」
性的マイノリティの人たちが、社会を変えていくためにどう戦ってきたのか。それを学ぶことは、異性愛者の人たちが、いかに自分たちが縛られた価値観に基づいた生き方をしているかに気づくきっかけにもなります。
「LGBTQとして、苦しい生き方を強いられるケースもある一方で、今までとは違う新しい価値観や生き方をつくっていけることは、チャレンジングで面白いところです」
「LGBTQのなかには、いじめのトラウマにより引きこもってしまい、社会で働けない人たちもいます。例えばトランスジェンダーの場合は、トイレや更衣室をどうするかなどを含め、就職自体がときに困難だったりすることもありました。LGBTQといってもひとくくりにはできない就労や労働に関わる問題があって、貧困につながることもあります。そんな社会的なバリアを外し、生きやすい世の中をつくるために活動をしている人たちもたくさんいます。それらが広がり、実を結んでいくと、LGBTQの人たちだけでなく、誰もが生きやすい社会になるのではと思います。彼ら彼女らの多様な生き方を参考に、自分を見つめ直せば、今後の生き方のヒントが得られるかもしれません」
新しい価値観としても魅力的なのがLGBTQの人たちの視点です。自身が縛られている価値観に気づいて、違う可能性も探せるようになれば、自由な生き方をする人が増えるでしょうし、結果的に社会もよりよく変わっていくのではないでしょうか。
LGBTQの権利を求める社会運動は、現在も世界各地で行われている
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プロフィール
国際基幹教育機構/人権問題研究センター/大学院都市経営研究科 教授。
博士(学術)。カリフォルニア大学バークレー校人類学部客員研究員、財団法人エイズ予防財団リサーチレジデント、名古屋市立大学男女共同参画推進センター特任助教などを経て、2015年、大阪市立大学大学院に赴任。2022年より現職。専門は、ジェンダー/セクシュアリティ、文化人類学(医療人類学)、カルチュラル・スタディーズ。著書に『クィア・アクティビズム:はじめて学ぶ〈クィア・スタディーズ〉のために』(花伝社)など。
研究者詳細
※所属は掲載当時