私が日常的に実践する「3つの知的生産術」
私が研究を通じてかかわる量子コンピュータは、いま世界で最もホットな分野の一つです。その研究の最前線についていくには、知識をインプットし続ける必要があります。そのために常日頃から行っている「3つの知的生産術」についてご紹介したいと思います。
1つ目は「すぐには役立たなさそうなことも勉強する」です。私のメールボックスには量子コンピュータに関する英語の論文が毎日届きます。その量は、査読前のプレプリントも含めると1日に40〜50本にもなります。私はいつもそのタイトルと概要をざっと眺めて、ちょっとでも気になったものは読むようにしています。私の研究分野は、「量子コンピュータ」と「量子化学計算」の2つの分野が融合した領域です。私は量子化学のほうが専門なので、量子コンピュータを専門とする人が「知らないこと」を知っています。逆に量子コンピュータについては、専門家から教わる立場です。いま学問の世界では、異分野融合や学際研究の大切さが盛んに言われていますが、自分の頭のなかで2つの研究分野を融合させるようなイメージで、論文を読んでいます。実際のところそのほとんどは、すぐには自分の研究に役立ちそうにはありません。しかしその蓄積を続けていくことで、いつか何かのタイミングで知識が結びつき、新しい発見や研究手法が見つかると期待しています。
2つ目は、「1人2役で、得た知識を自分に説明してみる」です。頭の中だけでやることもあれば、紙とペン、ホワイトボードとマジックを使うこともあります。1人2役で自分に説明してみると、自分が本当にその知識を理解しているか、よくわかります。博識で知られる京都大学出身のお笑い芸人、ロザンの宇治原史規さんも、受験勉強のときに同じように「エアー授業」をよくされていたそうです。この練習は、学会発表の準備にもとても役立ちます。発表のストーリーを考えながら「ここで自分だったらこんな質問をするな」と想像することで、自分がわかっていると思い込んでいたことの矛盾に気づくのです。
3つ目は、逆説的ですが「研究のことを考えない時間をつくる」です。私は研究室にいるときよりも、道を歩いているときにふっと新しいアイディアが思い浮かぶことがよくあります。いちばん頭を空っぽにできるのは、趣味の一つである山登りの時間です。私が住んでいる奈良県は、山に囲まれている県なので、休日にはよく日帰りで山登りをします。きつい山道を一人で登っているときは、肉体的にもしんどいので、研究のことを考える余裕がなくなります。麓から頂上まで2時間ぐらいの間ですが、ストレスの発散にもなりますし、研究のことを考えないと言いながら、ふとヒントが降りてくることがよくあります。
研究以外では歴史に興味があり、奈良にたくさんある神社仏閣を訪れたり、博物館にもよく行きます。通勤の電車のなかでは本を読んでいますが、最近はあえて研究に関係がない、小説や平安時代の陰陽師の呪術の本などを読んでいます。
量子力学や量子コンピュータは、まぎれもなく科学の産物ですが、その動作原理やアルゴリズムは、私たち人間が一般的に持っている「常識」とはかけ離れています。だからこそ自分の考え方や知識も「常識」にとらわれず、柔軟にしておくことが大切です。上記の3つの方法を続けることで、自分の頭をこれからも柔らかにしておきたいと思います。
プロフィール
理学研究科 特任講師
1980年、奈良県生まれ。2006年、大阪市立大学大学院理学研究科後期博士課程修了。国立研究開発法人科学技術振興機構 さきがけ専任研究者。量子コンピュータ上で量子化学計算を効率的に実行するための新規量子アルゴリズム開発、開殻分子の電子構造の理論的解明、ゼロ磁場分裂などスピンハミルトニアンパラメータの量子化学計算などの研究に取り組む。著書に『量子コンピュータによる量子化学計算入門』がある。
※所属は掲載当時