近代医学によって感染症を克服して以来、大きく変わった病気の概念
エジプトのミイラからその痕跡が発見され、記録に残る一番古い感染症とも言われる天然痘のほか、コレラ、ペスト、スペイン風邪、梅毒、結核、HIV、SARS、新型インフルエンザ…。よく知られたものだけでも非常に多くの感染症が、これまでに多くの人々の命を奪ってきました。ペストは中世ヨーロッパの人口の3分の1を死亡させ、スペイン風邪による死者は世界で2000万人とも4000万人とも言われています。
ここまで大流行した病気でなくても、昔は感染症で亡くなる人が非常にたくさんいました。20世紀前半まで世界の人々の死因として多かったのは肺炎や胃腸炎ですが、これらも実はほとんどが感染症を原因としていました。
「平均寿命から人類の歴史を振り返ってみると、ホモサピエンスが誕生した頃の寿命は30歳ぐらいで、19世紀頃は40歳ぐらい。人類の寿命は長い間それほど伸びていなかったのに、最近の100年あまりで豊かな国々では2倍以上にも長寿になりました。その背景にあるのが、近代医学の発展です。感染症の原因を見つけ治療法を見出したことで、人類の長寿命化に大きく貢献したのです」
中でも感染症の克服に大きな役割を果たした人として城戸先生が注目するのが、ロベルト・コッホ博士です。19世紀末から20世紀初頭に活躍した細菌学者で結核菌、コレラ菌などを発見し、微生物学の父とも呼ばれました。
「コッホがすごいのは、『健康な人に結核菌が巣くうと結核になる』と初めて言ったことです。そして、(1)特定の伝染病になった病体から特定の細菌を発見し、(2)その細菌を分離し、(3)分離した細菌を培養したものでその病気が再現できる、という3つの原則が揃えばそれが病原菌だと証明できるとしました。現代から見れば当たり前のことのようですが、当時は誰もそんな考え方をしていなかった。だから、田舎できれいな空気を吸って結核を治すという転地療養といったことがまかり通っていたのです。コッホの考え方は、病気には原因がありそれを取り除くことで治療するという、近代医学の基本となるものでした」
ロベルト・コッホ博士は、細菌学を確立し感染症克服の道を切り開いた
こうして、病原菌を見つけ、人間には害のない薬で菌を殺して人を治すという感染症治療の基本が確立されました。カビが産生する抗生物質が抗菌薬として利用され、20世紀の半ば頃から多くの感染症が治せる、もしくはコントロールできる病気になっていきました。そこから人々の健康を損なう脅威は、感染症から脳血管疾患、心血管疾患、がんなど生活習慣病へと大きくシフトしていきます。城戸先生は、それにつれて病気の概念が変わってきたことに着目します。
「生活習慣病は、体の内部の変化が病気の原因になります。様々な要素が影響を与えていて、感染症のように病原体を特定できないため、正常集団から逸脱していれば病気と診断されるようになりました。高血圧や肥満、高血糖、脂質異常などは心臓や脳の血管疾患の罹患率が高いことがわかってから『病気』とされるようになりましたが、実際は病気というより『病気になるリスク』なのです」
リスクをどうとらえるのかは、個人によって考え方が大きく違います。ハリウッド女優アンジェリーナ・ジョリーが、遺伝性の乳がんのリスクがあることを理由に予防的な乳房切除を行ったことは、その典型とも言える出来事でしょう。感染症の克服を境に、病気は時代や地域、個人によってその定義が大きく異なるものに変化しました。
人類と感染症との悠久の歴史を経た今、感染症が起こりやすい時代に
城戸先生によると、私たちの体の中にも感染症との戦いの痕跡がたくさん残っているそうです。人類もその他の生物と同じように、長い歴史の中で、子孫を残すためにより有利な方向へと進化を遂げており、その中には感染症と関わりの深いものがたくさんあるとか。たとえば鎌状赤血球症とマラリアとの関係もその一つです。鎌状赤血球症は遺伝疾患で、赤血球が鎌状に変形してしまい重度の貧血が起きます。医療のない時代には長生きできず子孫を残せないことも多かったため本来なら患者が減っていくはずですが、現在でもアフリカでは地域によっては10%程度の高率で患者がいます。それは、鎌状赤血球症があるとマラリアにかかりにくくなるからです。
「重度の貧血というハンディキャップを背負いながらも、子どもの頃にマラリアから生き延び、さらに子孫を残すことができた人たちがいて、その遺伝子が今も引き継がれているわけです。これは一例に過ぎませんが、私たちの遺伝子の中には人類が時間をかけて致命的な感染症に耐え、勝ち抜いてきた歴史が刻み込まれているといっていいでしょう」
通常の赤血球は円盤型だが、鎌状赤血球症が発症すると鎌状(三日月形)の赤血球があらわれる
人類は常に新しい感染症と戦ってきた歴史があり、人類と病原菌のそれぞれが生き延びるために絶妙のバランスを取りながら進化してきたといえるでしょう。
「新しい病原体は突然ゼロから現れるのではなくて、もともと地球上にあるものに端を発しているんですよ。どこかの地域や生物の体内など限られた場所にあったり、ある時期から厚い氷に閉じ込められてしまったりしているかもしれませんが、存在しているんですね。それが今、大きく変化してきていることが重要です」
感染症は、病因(agent)、宿主(host)、環境(environment)という3つの因子が複雑に絡み合って起こります。城戸先生は「この20年間だけでも新しい感染症が増えており、新型コロナウイルス感染症もその一つ」と話し、その要因として3因子のうち宿主と環境の著しい変化が進んできたことを指摘します。
「気候変動や開発の進展などによって生態系が変わり、動物と人との接触が増えて、動物から人間への宿主変換なども起こるようになります。またグローバリゼーションが進み、人やものが世界中を移動すると、新しい感染症との接点も増加します。その意味で、現代は新しい感染症が発生しやすくなっている時代だと言えます」
感染症と人類の多様な関わりについて語る城戸先生
医学だけの問題ではない感染症との戦い。感染症に強い社会をどうつくる?
開発やグローバリゼーションの進展と新しい感染症の発生とが表裏一体なら、今後もまた新たな感染症が登場する可能性が高いと考えられます。私たちはそれらとどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
城戸先生は、感染症の問題は「社会の問題」だと強調し、感染症を社会としてどう扱うのか大きな理念を定めた上で、それに沿ったトータルな対策が重要だと言います。
「初期のコロナ下では、緊急事態宣言の発出によって外出や移動、学校、飲食店の営業やイベントなど経済活動にも制限が要請されました。それらは『健康』という憲法が認める基本的人権を守るためではありましたが、同じく憲法が保障する『自由権』を制限することにつながりました。『自由権』をどこまで制限していいのかというのは極めて重い問題です。感染症が発生すると世の中が不安になって他人の行動を制限したり監視したりしてしまいがちですが、大切なのは感染者を排除するのではなく、むしろ感染に寛容になることであり、体調の悪い人に対して優しい社会を作ることではないでしょうか」
たとえば、医療制度のあり方も問題点の一つだと城戸先生は言います。「コロナ下の日本では病院の受診制限が起こり、人々の医療へのアクセスが制限されることになりました。日本の国民皆保険制度は一定の保険料を納めていればいつでも医師にかかれるのがメリットであるはずが、感染拡大期には多くの人が医療機関を受診できなかったり、自宅療養を余儀なくされました。この主な原因は、平時とコロナ下とで病院に求められることに違いがありすぎたことです。普段は空きベッドが許されないような高効率の経営を求められているのに、急に病床をたくさん設けるように言われても、その対応には限界があったのです」
城戸先生は、症状のない元気な人の診断・治療を薬局に開放することも、医療へのアクセスを良くし、医療機関の負荷を減らす一つの方法だと話します。いずれにしても、保険料を払っている私たち自身が関心を持ち、今後、医療制度をどうしていくべきかしっかり考えてみる必要がありそうです。
「感染症と向き合うには、社会にも個人にも『感染症の影響を受けにくい強さ(ロバストネス)』と『ひどい影響を受けてもしなやかに回復する力(レジリエンス)』が必要だと思います。そして、それらの構築にはコミュニティの信頼と連帯がカギを握ります。感染症は医学だけで立ち向かう問題ではありません。健康と自由のバランスをどう考えるのか、感染症に負けない社会とはどんな社会なのか、みんなで考えていくことが大事だと思います」
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プロフィール
医学研究科 基礎医科学専攻 教授。
博士(保健学)、医師。2022 年より現職。早稲田大学理工学部卒業、大分大学医学部卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。主な研究分野は新興・再興感染症学領域における微生物学、分子疫学、臨床薬理学。アフリカで結核、エイズ、マラリアの三大感染症や顧みられない熱帯病、新型コロナウイルス感染症などといったグローバル感染症を研究。
研究者詳細
※所属は掲載当時