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運動は欲求ではない。だから心を動かすアプローチが必要

健康のために何かスポーツをしようと思うけれど、億劫でなかなか取り掛かれない。一念発起して運動を始めても、いつも三日坊主で終わってしまう。そんな経験はありませんか?かつてスポーツクラブで働いていた頃を振り返り、「入会しても12ヶ月すると来なくなり、退会してしまう人が多いんですよ」と笑う川端先生の言葉に、ドキッとする人も多いかもしれません。運動習慣を定着させることは、どうして難しいのでしょうか。

「そもそも運動は欲求ではない。人間は必ずしも運動を求めていない。それが、僕が前提としている考え方です。運動をすると、達成感や爽快感が得られますよね。でも、それらは他の行為、例えばお酒を飲んだり歌ったりしても得ることができる。わざわざ運動をして大変な思いをしなくても、他の行為で同じような感覚が得られるなら、人間は簡単なほうを選びがちです。だから運動習慣は定着しづらいし、その結果、メタボリックシンドロームや生活習慣病の人が増えていくのではないでしょうか」 
川端先生は、大学の学部生時代に「運動は欲求ではない」と先生から言われ、ハッとさせられたことを今でもよく覚えているそうです。 
「僕自身は小さい頃からずっと運動が好きだったし、自分がやりたいからやっているという感覚でした。でも、先生の言葉を聞いて『確かにそうだな』とすごく腑に落ちたんです。多くの人にとって、運動は欲求ではない。だから、行動変容を促すには、『楽しい!』と心が動くためのアプローチが必要だと考えるようになりました」

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行政と連携し、行動変容を促すきっかけづくりを

運動の楽しさを伝え、自然に気持ちが動くようなアプローチを心がけているという川端先生。2023年度から、堺市との連携事業にも取り組んでいます。 

「子どものスポーツテストを行い、現在の体力や能力に応じた適性スポーツを提案するという取り組みが、数年前から関東を中心に全国各地で行われています。そこで、2年ほど前に堺市に提案し、本学との連携事業として2023年度から同様の取り組みをスタートすることになりました」 

川端先生はスポーツテストの結果をもとに、筋力や持久力、瞬発力、柔軟性などを評価し、それぞれに合ったおすすめのスポーツを、堺市内にあるスポーツ少年団などに紐づけて紹介するというWebシステムを開発。202310月と20243月の2回にわたって、4歳~小学2年生の子ども向けのイベントを開催しました。ただおすすめのスポーツを提案するだけでなく、野球やサッカー、バレーボール、ミニバスケットボールなどに実際に取り組めるチームや団体もあわせて紹介することで、「スポーツ実践への橋渡し」を目指したと言います。 

「実際のところ、スポーツテストの結果から適性スポーツを導き出すアルゴリズムを作成するのは難しく、1回のテストで『このスポーツがおすすめ』と言い切ってしまうのはリスクがあります。そのため、『スポーツテストは1回だけでなく複数回やってみて、お子さんの様子を見ながらいろんなスポーツに挑戦してみてください』といった注意書きを添えています。あくまできっかけの一つですが、子どもの行動変容や、やる気を引き出すツールとして有効ではないかと思います」 

2023年度の実績を生かし、2024年度には「子どもだけではなく大人の運動習慣も広げたい」と親子向けのイベントを開催。子どものスポーツテストとあわせて、保護者の体力測定も行い、体力年齢を算出しました。

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<堺市と連携して開催した親子スポーツフェスタの様子>

「平日は仕事、週末は家族と過ごし、自分の運動の時間はなかなか確保できない人でも、親子向けのイベントであれば子どもと一緒に参加してもらいやすいのではないかと考えました。202410月に行ったイベントは、定員を超える多数の応募があり、抽選を行うことに。当日は240人ほどの方に参加していただき大盛況でした。子どもにとってはおすすめスポーツが一つのきっかけになったように、大人も自分の体力年齢を知ることが運動の動機付けにつながったのではないでしょうか」 

大人は体力測定だけでなく、筋肉量や脂肪量といった体組成の計測や、普段の運動習慣についてのアンケートも実施。体力、体組成、運動習慣の3つの側面からデータ分析も行いました。 

「今回はまだサンプル数が少なく、年齢などバックグラウンドにもバラつきがあったため、データから相関関係などを見出すことはできませんでした。しかし、基礎データを集める第一歩にはなったので、今後も引き続きデータの収集や分析を進め、エビデンスを示すことを目指していきたいです」

習慣化やモチベーション維持のためには、環境構成も重要

川端先生が現在取り組んでいる堺市との連携事業では、運動の実践の場も提供しています。2025215日に実施したイベントでは、スポーツテストだけでなく親子体操のプログラムも行いました。 

「行動変容を促すには、ただ言葉で説明するのではなく、環境構成からアプローチすることも重要です。できるだけ言葉による説明を少なくして、周りの環境から動きを誘導する。例えば、使用する用具やコートサイズ、人数比率などに制約を設けた練習環境を設定することで人間の運動学習を引き出す『エコロジカル・アプローチ(生態学的アプローチ)』。サッカー協会で用いられているこの手法をイベントでも活用して、子どもが『楽しい』『やってみたい』と思えるようなアプローチをしていきたいと考えています」 

スポーツ指導や運動学習の領域から発展した「エコロジカル・アプローチ」は、近年は教育やビジネス、医療・介護といったさまざまな分野で注目されているそうです。さらに川端先生は、今後は大学のキャンパス内でも環境構成からアプローチする方法を考えてみたいと話します。

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「数年前に行われた、スウェーデンのある駅の階段をピアノの鍵盤に見立て、歩くと音が奏でられるようにしたプロジェクトをご存じですか?この取り組みによって、エスカレーターではなく階段を利用する人が増えたそうです。このように、キャンパス内でも自然に運動ができるような仕掛けを作って、スポーツの実践の場を提供できたらいいなと思っています。例えばキャンパス内の道路にラインを引いて、1キロメートルごとの目印を書いたりすると、ちょっと走ってみようかなという気持ちになったりするんじゃないかな」
環境からアプローチする考え方は、私たち一人ひとりが運動習慣を身につけ、継続する方法を考える上でもヒントになりそうです。川端先生は、運動習慣のない人が一歩踏み出すためのアドバイスとして、こんなふうに話してくれました。

「環境からのアプローチとしては、ウエアやグッズなどを買い揃えて、まず形から入ってみるのも一つの方法です。自然にモチベーションも上がりますし、『せっかく買ったんだから、しばらく続けてみよう』と継続にもつながりますよね。あとは、仲間づくりも大事な要素。一緒に取り組む仲間がいれば自分も頑張ろうと思えるはず。『誘われたから行かなきゃ』と重い腰を上げるきっかけになるかもしれません」 

仲間を見つけるのが難しいと感じる人は、一人でできるスポーツを始めてみては?と川端先生は続けます。 

「ウオーキングやランニング、自転車といったスポーツなら、一人でもすぐに始められます。僕のおすすめは自転車。ロードバイクを買うとイニシャルコストはかかりますが、その分モチベーションも高まるのではないでしょうか。大阪から淀川沿いを走って奈良方面に向かうサイクリングロードがあって、すごく気持ちがいいですよ」 

モチベーション維持についても聞いてみると、「僕なら背中を褒めますね。痩せたいと思っている人には『背中がすっきりしましたね』、筋肉をつけたい人には『背中がひとまわり大きくなりましたね』と声をかけると、自分では見えないからこそ『そうかな?』とうれしくなり、やる気が高まります。もし『あんまり変わっていないと思う』と返されたら、新しいメニューや目標を提案して、次のステップへとつなげます」と川端先生は答えます。 

このテクニックは、家族や身近な人に運動を継続してほしいときの声かけにも取り入れられそうです。また、自分自身に対しても、メニューの組み方や目標設定に変化をつけて飽きないようにすると、やる気をうまくコントロールできるかもしれません。川端先生が冒頭でお話されたように、「運動は欲求ではない」ことを前提に、継続できないときがあっても落ち込まず、「じゃあどうやったら楽しくできるかな?」と考えてみると良いのではないでしょうか。

プロフィール

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国際基幹教育機構 准教授/都市健康・スポーツ研究センター 准教授

 
 川端 悠

国際基幹教育機構 准教授/都市健康・スポーツ研究センター 准教授

博士(学術)。専門はトレーニング科学、体育測定評価学。大学卒業後、スポーツクラブ勤務などを経て20184月より大阪府立大学高等教育推進機構准教授、20224月より現職。学内ではスポーツプログラム開発センター センター長、アメリカンフットボール部のストレングスコーチを務めるほか、日本体育測定評価学会 理事、日本教育医学会 理事、日本サッカーサイエンス研究会 理事、堺市民オリンピック委員、NSCANational Strength and Conditioning Association)ジャパン アシスタント地域ディレクターなど、学外でも多くの委員を兼任している。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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