1970年大阪万博「空中テーマ館住宅カプセル」から着想を得て誕生した世界初のカプセルホテル
イケフェス大阪は、「生きた建築」を通した大阪の魅力の創造・発信を目指す「生きた建築ミュージアム事業」の一環として実施される、建築一斉公開イベントです。2013年の初開催以来、毎年秋の2日間、オフィスビル、銀行、住宅、飲食店など幅広い建物の無料公開と各種の催しが楽しめる日本最大級の建築イベントとして定着しています。
イケフェス大阪2022で倉方先生が取り上げた建築は「カプセル・イン大阪」。建築家の黒川 紀章氏が手がけた世界初のカプセルホテルです。当日の講演「世界的建築家・黒川紀章の魅力に迫る」では、カプセルホテル誕生の背景から説明が始まります。
「カプセル・イン大阪」で話す倉方 俊輔教授
はじまりは1960~70年代に遡ります。当時はマンガ喫茶やネットカフェがなかった時代で、ホテルは高額。終電を逃すと帰れなくなる状況下にあって、気軽に宿泊できる選択肢がありませんでした。大阪でサウナや飲食店を展開していたニュージャパン観光(株)社長の中野 幸雄さんは、サウナの仮眠室で夜を明かす客を見て、もっと快適な宿泊設備を安く提供できないかと考えました。そこで頭に浮かんだのが、1970年大阪万博で目にした「空中テーマ館住宅カプセル」だったのです。「未来の住居はカプセルの組み合わせである」という印象が記憶に残っていた中野社長は、カプセルの提案者が黒川 紀章氏であることを探り当て、設計を依頼しました。
こうして1979年2月、黒川 紀章氏がデザインに携わった世界初のカプセルホテルとして「カプセル・イン大阪」が開業しました。1泊1600円という当時としては安価な利用料金もあって、たちまち人気に。カプセルホテルは新たな業態として全国に広まりました。
未来を彷彿させるデザインの理由
このカプセルホテル、未来感あふれる形状が当時の人々にはとても新鮮に映ったそうです。倉方先生が考えるその理由とは、まずはカプセルへの入り方。長手(長方形の材料の長い方の部分)に入口を設けるのではなく、短手から潜るように中に入ります。新しい宿泊のイメージを喚起させるデザインです。
カプセルを構成する要素に曲線が多く、内部も精巧な曲面で作られていることも未来感を彷彿させる理由です。これにはデザインの自由度が高い、FRPと呼ばれる新素材が応用されています。第二次世界大戦中にアメリカの軍需産業が生み出したFRPは、軽量でありながらガラス繊維などの強化材を混ぜることで強度を高めた繊維強化プラスチックです。ミッドセンチュリー期に、デザイナーのイームズ夫妻やジョージ・ネルソンらが曲線のデザインを家具に取り入れたことで世の中に普及しました。曲面を実現できる点でFRPは未来を感じさせる素材でした。
カプセルホテルの製作は家具メーカーのコトブキに依頼しました。「ベッドにいながら全てができるコクピットの雰囲気」という黒川 紀章氏のコンセプトをもとに、設計開始から竣工まで約10カ月で完成させました。こだわったのは、カプセル内で仰向けになった時、視界に入る部分に継ぎ目が見えないようにすること。そのため型枠を上下分割にし、天井のカーブに継ぎ目が現れないよう工夫されたそうです。
そして最後の理由は、カプセルがコクピットのような形状であること。カプセルには照明、テレビ、ラジオ、アラーム付きデジタル時計、ライティングテーブルなどが装備されていますが、これらは手元で全て操作できます。まるでSFの世界に出てくるロボットや戦闘機を操っているようです。子どもの頃の夢が詰まった空間とも言えます。
倉方先生は「仰向けに寝る時に曲面だけが見えて、包まれるイメージがあり、それを実現するよう細かく指示を行いました。子どもの基地のようなデザインで、母親の胎内のようなスペースで企業戦士が束の間の休息を取る。黒川 紀章氏の思想が、そんな昭和の時代に共鳴しています」と話します。
オープン当時の「カプセル・イン大阪」の内部(提供:ニュージャパン観光株式会社)
現在も人々を魅了しつづける『世界のキショウ』の作品
講演終了後の倉方先生と同店支配人による解説付き見学会では、参加者の皆さんはカプセルの中に潜り込み、細部に至るまで目を凝らしていました。
「黒川さんは未来を先取りするような建築作品と言動で時代の寵児となりましたが、その発想は機能一辺倒ではありません。多くの人を惹きつけたのは、ロマンティックな未来のイメージ。このカプセルホテルは、空間効率を犠牲にしてでも、人体を包み込むようにデザインされている、いかにも黒川さんらしい思想が反映されています。これこそ大阪万博が生んだ世界の発明品であり、『世界のキショウ』の作品。その現物が今もなお稼働し、見て触れて宿泊できることが素晴らしい」と倉方先生は称えます。
2025年に開催される大阪・関西万博で会場デザインプロデューサーを務める建築家の藤本 壮介氏は、各施設の設計に若手建築家を起用する方針です。大阪万博で黒川 紀章氏が発表した「空中テーマ館住宅カプセル」が、現代のカプセルホテルのスタンダードになっているように、大阪・関西万博が、未来を先取りするような建築に出会う機会になるかもしれませんね。
2022年のイケフェス大阪で公開された「カプセル・イン大阪」内部
工学研究科 都市系専攻 教授
博士(工学)。建築史家。建築そのものの魅力と可能性を、研究、執筆、実践活動を通じて深め、広めようとしている。研究として、伊東忠太を扱った『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)、吉阪隆正を扱った『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)、梵寿綱と羽深隆雄を扱った『生命の讃歌 建築家 梵寿綱+羽深隆雄』(美術出版社)、石井修を扱った『建築家・石井修―安住への挑戦』(建築資料研究社)など。執筆として、幼稚園児から高校生までを読者対象とした建築の手引きである『はじめての建築01 大阪市中央公会堂』(生きた建築ミュージアム大阪実行委員会)、都市を建築から物語る『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社)、文章と写真で建築の情感を詳らかにする『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』、『東京モダン建築さんぽ』、『東京レトロ建築さんぽ』(以上、エクスナレッジ)ほか。
※所属は掲載当時