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大阪長屋の歴史とその建築的魅力

「長屋」とは、ひとつの建物の中に複数の住戸が壁を共有する形でつくられている集合住宅のことです。時代劇ファンであれば、町民たちが暮らすような小さな家が細く連なった住まいを連想する人もいるかもしれません。しかし、小池先生が研究している大阪の長屋は、建てられた成り立ちからすでに、そのようなイメージとは大きく趣が異なっているようです。

「現在、大阪で残っている長屋は、大半が大大阪時代といわれる大正時代初期から昭和初期に建てられたものです。大阪が都市化される際、中心地周辺の土地が区画整理や宅地開発されるのと同時に建てられました。当時の最新の建築様式を取り入れるなど、他の都市の長屋では見られないような高級感があって、住んでいた人も収入の安定した会社員が大半だったそうです。小さなお屋敷を都市の中で合理的に作るのが大阪長屋のコンセプトで、見た目や構造はさまざまですが、当時の大家さんや大工棟梁が、新しい都市にふさわしい建物を作ろうと意気込んだ面影が随所に見て取れます。長屋のあるエリアは数軒ごとに区画をわけて路地や災害時の避難経路を通していたり、合理的にトイレの排水ができるように裏路地が通っていたりするなど、綿密な都市計画に基づいて建てられているのが大きな特徴です」

当時の繁栄を象徴するかのように各地で建てられた大阪長屋ですが、太平洋戦争での空襲や、その後の都市開発で多くの建物が取り壊され、残った建物も著しく老朽化していきました。最盛期には賃貸住宅の9割にも及んでいたという軒数は段階的に減少し、次第に存在感を薄めていったそうです。長らく不遇の時代を過ごした大阪長屋が再評価されるようになった背景には、どのような動きがあったのでしょうか。

JR大阪環状線の周辺には、戦火を免れたものが現在も多く残っています。2008年に大阪市北区の豊崎長屋が国の登録有形文化財に登録され、そのあたりから再評価の流れが顕著になっていきました。私が実行委員を務めている、大阪長屋の保全活用を目的としたオープンハウスイベント『オープンナガヤ大阪』の第1回目が2011年に開催されたことも貢献しているのかなと思います。最近では、若い世代が住居として暮らしながらお店を開くために借りたり、京都の町家ブームが大阪に波及してきたことも注目を集めるようになった一因だといえます。2023年の『オープンナガヤ大阪』では、長屋を所有されている方から『活用方法を教えてほしい』といった相談をもらう機会も増え、注目が高まっていることを実感しています」

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大阪市生野区の須栄広長屋の様子(2023年11月18日撮影)

そんな盛り上がりをみせている大阪長屋の特徴や魅力は、具体的にどんなところにあるのでしょう。

「都島区の大川沿いに建つ狭間ハウスは、外観こそ6軒つながったように見えますが、二重壁になっているのでお隣と壁を共有していません。おしゃれな洋室や地下室もあり、いろいろなこだわりをもって建てられています。豊崎長屋は梅田に近いロケーションでありながら、舗装されていない土の路地があるという光景が独特です。生野区にある須栄広長屋もオーソドックスなタイプですが昭和初期に流行した塀型長屋の意匠を現在も残し、町並みを形成しています。それぞれの建物は長屋という共通スタイルがありながら非常に個性的で、特徴が被っていない点も興味深いです」

日本の伝統を感じさせる要素が随所に盛り込まれているのも大阪長屋を語るうえで外せないポイント。その魅力はアップデートとメンテナンスを繰り返し、誕生から100年あまりの時を経た現代の景色に違和感なく溶け込んでいます。

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須栄広長屋の外観

「大阪長屋は庭や床の間があるのが素敵で、竹小舞(土壁の下地に使う細い竹)を組むなど、現代では見られない建築様式が都市住宅として残っているのも歴史的に見て非常に貴重です。私の研究室で手掛ける長屋のリノベーションでは、元来のものに近い自然素材の材料を用意し、どの部分を新たに付け足したかがわかるようにしています。現代の空間とどのように調和するかを見ているのですが、このような形で都度手を入れていけば、築100年を超えるような長屋も維持できるのではないかと思います」

現在ならではの新たな価値と課題

「オープンナガヤ大阪」などの活動で注目を集めたことにより、大阪では現在、6戸の長屋が国の登録有形文化財に登録されています。住居以外で利用されるケースも増え、近代的な町並みの中でその佇まいは存在感を放っています。また、個性的な建物と同様、利用する側の業態もバリエーションに富んでいるそうです。

「豊崎長屋の『SAORI豊崎長屋』は織物の体験教室で、就労継続支援B型事業所にもなっています。障がいのある方が先生として教えていますが、広い空間ではなくあえて住宅のスケールで運営し、住まいのような落ち着いた空間のおかげで、皆さん緊張することなく生徒の対応ができているそうです。飲食店や美容室、オフィスなどに利用するケースも増えていますが、ユニークなところでは、食事をしながら海外の漫画を読めるカフェなどもあります。住居と兼用されている方も多く、夜は店舗部分をリビングとして使うなど、暮らしの時間に合わせてさまざまな形で活用されています」

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織物教室『SAORI豊崎長屋』の様子

廃れていた時代からは考えられないほど熱を帯びている大阪長屋の現状。すでに活用している人だけでなく、「いつかは住んでみたい」と憧れを募らせる長屋ファンは、年々増え続けているとのこと。長屋暮らしに憧れる理由にも、さまざまな側面が見られると小池先生は言います。

「古いものが好きという人は世代を問わず一定数います。そういう人たちの中に大阪長屋の魅力に気づく人が増えてきたのかなと思います。先日、須栄広長屋に住んでいる本学大学院の留学生がある媒体の取材を受けたのですが、彼女が語っていた『長屋に暮らすことで自分も歴史の一部になったような気分です』という言葉が非常に印象的でした。これは現代の戸建やマンションでは味わえない感覚ですね」

ただ、大阪長屋は補修や維持の取り組みが活発になっている一方、老朽化による取り壊しも増加し、6万戸あったとされる戦前の長屋は7600戸程度となっています。現在残っているものでも入居できる軒数は少なく、長屋暮らしを希望する人にとっては、まず物件探しが難しいそうです。

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「長屋物件は不動産の流通に出ることがほとんどありません。一般の人が物件にたどり着くにはかなりの根気が必要で、口コミか長屋に特化した不動産屋から情報を得るしかないというのが実状です。大家さんも誰にでも貸したいわけではないですし、入居のハードルを下げるには、そのあたりの仕組みを変える必要があるでしょう。『オープンナガヤ大阪』では、大家さんと借りたい人をつなぐプラットフォーム的な役割を果たしているので、今後は、その間口をもう少し広げられたらと思います」

個人から町の一員へ

都市型住宅の原型として発展〜衰退〜再評価という歴史をたどってきた大阪長屋。そこからみえるのは、マンションやシェアハウスなどと似ているようで根本的に異なる、長屋でしか成立しない暮らし方ではないかと小池先生は説明します。

「大阪長屋に限りませんが、長屋はそれぞれの住居が独立して、共用部がないのが集合住宅との大きな違いです。マンションはエントランスを介して町にアクセスしますが、長屋の場合は自分の家から一歩外に出るとすぐに町。それでいて隣同士のゆるやかなつながりもあるというのが唯一無二だと思います。また、地域のコミュニティに参加することも皆さん楽しまれていると思います。20年前は長屋が古いものとしてネガティブに捉えられることが多かったので、当時では考えられなかったことです。最近は子育ての場として長屋を選ばれる方も増えています。リノベーションも盛んになり、若い世代は一周回って長屋を新しい暮らしのスタイルと捉えているのかもしれません」

「住まいは個人のものという意識があると思いますが、長屋は、住人が町の一員として責任や役割を負っていることを考えるのに最適な住宅スタイルです。暮らしているうちに、周辺の維持管理や社会のあり方を身近な課題として考えるようになるのではと思います。そういった住人の心の変化についても、いずれ調査したいですね」

数々の長屋再生プロジェクトに携わってきた小池先生。現在も学生たちと連携しながら、長屋が時代に取り残されないよう奮闘しています。古い住宅の維持や管理のあり方が議論されている現在、長屋の活用は社会課題を解決する方法の一つとしても期待がかかっています。

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厨房ユニットの模型

「不安定な社会情勢が続く中、住まいは今後どのような変化をたどっていくのか、ということを常に気にしています。私たちは、長屋のデザインやリノベーションが社会の変化にどのように対応できるかということを模索していて、その姿勢は今後も保っていきたいと思っています。最近では、神戸で40年ほど前に流行したタウンハウスと呼ばれる長屋建て住宅地のリノベーションや魅力発信に関わっています。あるいは、東大阪の工務店さんと古材だけで厨房を作るという試みも行っていて、そのようなさまざまなチャレンジを通して建築ストックの歴史を未来につなげられたらと思います」

取り壊しが進む長屋を再評価へ導くには多くの努力が必要で、認知が広まった現在でも、その道のりは平坦ではありません。移り変わりが激しく、古いものを切り捨てがちな現代社会において、小池先生や「オープンナガヤ大阪」の取り組みは、流れる時代の中で変わらないことの大切さと、新しいものを取り込みながら存続する意義を私たちに伝えています。

第14回オープンナガヤ大阪2024の詳細はオープンナガヤ大阪2024をご覧ください。

オープンナガヤ大阪2024

プロフィール

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生活科学研究科 生活科学専攻 教授 
 小池 志保子

生活科学研究科 生活科学専攻 教授

建築計画、都市計画を専門とし、2006年より大阪長屋の再生に携わる。大阪市北区の豊崎長屋の再生プロジェクトではグッドデザイン賞、サステナブルデザイン賞などを受賞。2021年の「第64回大阪建築コンクール」では大阪府知事賞を受賞。著書に『リノベーションの教科書』(共著、学芸出版社、2018年)などがある。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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