福祉の意識も希薄だった戦後の法律をもとに進められている災害対策
大規模災害が起こるたびに繰り返し浮き彫りとなる、被災者支援の問題。課題が山積する原因について、災害ならではの、“ある”特徴が影響していると、菅野先生は語ります。
「災害は、“ある”地域に“たまに”しか来ないということです。たとえば貧困問題や孤立の問題などは、社会全体でなんとかしようという動きになるのですが、特定の地域に低い頻度でしか来ないとなると難しい。メディアも一時は報じますが、しばらく経つと触れなくなり、政策や制度が動きにくいという現実があります。
しかも被災者支援の制度群が、初めて大きな災害対応を経験する自治体の方々が基本的に実行する枠組みになっているのも大きな問題です。言葉は悪いですが、「古い道具」で慣れない素人が立ち向かわなきゃならない。そんな構図になってしまっています」
菅野先生が言う「古い道具」とは、古い法律に基づいて組み立てられた支援制度のこと。現行の災害救助法が制定されたのは、戦後間もない1947年のことです。応急的な支援にとどまるうえ、これまで抜本的な改正は行われておらず、その規定をもとに避難所や仮設住宅を設けても、今の社会状況にそぐわないのも無理はありません。
「連合国による指示の下、日本で福祉があまり意識されていない時代に成立した法律です。たとえば自閉症スペクトラム障害のお子さんや、介助が必要な高齢者が家族にいらっしゃったら、避難所の環境になんて行けないですよね。つまりは弱い人ほど、今の被災者支援の枠組みに入っていない。しかも、普段そういった人たちの支援をしているのは、行政ではなく、社会福祉法人やNPO、企業など、ほぼ民間なんですね。にもかかわらず災害救助法では民間の役割が明記されておらず、協力を促すような仕組みになっていない。災害時、行政にやれといっても、当然ノウハウも人員も専門性もない状態で進めることになる。その混乱が、戦後から変わらず起こり続けているのが日本の現状です」
そのうえ被災地となった自治体の多くは、それらの支援制度を初めて使うことになります。そして混乱の中、時間が過ぎていく。これでは同じ問題が繰り返されるのも当然のように思えます。
「自治体による支援が国の規定した基準をオーバーする場合は、国に一回一回、お伺いを立てなければ実施できない法律になっているんです。どう動けばいいのかもわからない自治体が、そんな複雑な行為をしなければならない。やはり災害に関する法制のアップデートは不可欠です。
そもそも災害は暮らしの全場面を襲い、どの部門にも関わってくるのに、どうしても縦割りで処理しようとして、防災や危機管理の部局に任せっきりという事態も起こります。そうなると、わずか数人だけで災害対応を行う自治体も出てきてしまうわけです」
さまざまな支援を組み合わせ、オーダーメイドで被災者をサポート
近年、災害において問題視されているのが、自死や孤独死なども含めた関連死です。2016年の熊本地震では、直接死よりも関連死の方が圧倒的に多く起こりました。2011年に発生した東日本大震災の関連死も、今なお増え続けています。高齢者や持病のある方など、普段から何らかの脆弱性を抱えている人たちへのケアが行き届かなかったことも大きいと菅野先生は分析します。
「『仮設住宅』というとプレハブの住居を思い浮かべる人が多いかと思いますが、実際のところ、近年の災害では多くは『みなし仮設』として既存のアパートに移り住むことになります。支援しようにも、誰がどこに住んでいるのか行政以外の人間にはわからず、行政だけではサポートしきれない。災害時だとしても、普段からケアをしている人たちのやり方が良いに決まっています。平時にケアをしている人たちと連携しなければ、とてもじゃないけど、行政だけで被災者の方の暮らしを取り戻すことはできないでしょう」
被災者が抱えている課題は一人一人違います。生活再建のため、さまざまな支援を組み合わせ、オーダーメイドでサポートしていこうと菅野先生らが提案したのが「災害ケースマネジメント」です。「被災者に個別に寄り添い、個別の被災度合いを把握し、平時の福祉制度も含んだ支援メニューを個別に組み合わせたうえで、ワンストップに支援を実施していく仕組み」だと定義づけしています。
「ある問題は社会福祉協議会の手が有効かもしれないけど、法的な課題なら弁護士がいないと解決できないし、健康面が心配なら保健師の助けがほしい場合もある。仕事がないなら就労支援が必要なので生活困窮者自立支援制度を使ってNPOにサポートしてもらうこともあるでしょう。それぞれ組み合わせなければ適切なサポートはできません。いろんな主体と連携し、支援する人たちが集まって、どうすべきか検討し、見立てをつくって協力していく。それぞれの得意な領域で役割を分担しながら、被災者に伴走型の支援をするのが災害ケースマネジメントの目指すところです」
災害の教訓は災害が起こった場所にしか残らず、ほかの自治体がそれを見ることはほとんどありません。被災者支援が何十年経っても変わらない理由はそこにもあると、菅野先生は指摘します。進化させるためには、全自治体で共有できる指針が必要です。災害ケースマネジメントは、構造を大きく変化させるために投げかけられた提案でもありました。
「たとえば自治体が運営する避難所とコンビニが運営する避難所、どちらに行きたいかと訊けば、多分皆さん、コンビニを選ぶと思うんですよね。コンビニには、普段の暮らしを支えるようなサービスやモノの供給ノウハウがすべてある。自治体より確実に安くて栄養面にも配慮された食事を出せるでしょう。にもかかわらず、やったことのない自治体の方に配給してくださいといっても、混乱が起きて当たり前。プロは民間にいるのだから、プロの手を借りるべきなのです」
東日本大震災の被災地、仙台市でスタートした災害ケースマネジメント
災害ケースマネジメントの始まりは、東日本大震災の発生後。菅野先生らが仙台市と協働して進めた、被災者生活再建支援の取り組みがモデルとなりました。
「『支援が必要な方はご相談を』と投げかけたところで、しんどい人ほど手が挙げられず家にこもってしまいますよね。だからシルバー人材センターの人たちが一軒ずつ被災者宅を訪問し、どんな状況にあるのかを調査しました。そして仙台市役所に戻ってきてから市職員に報告してもらい、カルテのようにデータベース化。災害時の支援も平時の支援も使いながら、できるだけうまく生活再建していただこうと、各所と連携しながら支援を始めました」
被災した自治体のうち、仮設住宅の供給が2番目に多かったのが仙台市でした。にもかかわらず、この取り組みが功を奏し、多くの他地域の仮設住宅が8年ほど続くなか、仙台市は約5年で全世帯の退去が完了したのです。
「うまく進められたのは、NPOとの連携が密にとれていたことが大きいです。仙台市は1990年代に、市民と行政の協働を全面に掲げた最初の自治体ですし、NPOを支援する施設を官設民営で最初につくったのも仙台市です。市民協働が自分たちのアイデンティティだと言い切れる自治体だったおかげで、スムーズに動けました」
この取り組みがモデルケースとなり、災害ケースマネジメントは、東日本大震災の他エリアや熊本地震、西日本豪雨など、全国の被災地へと広がっていきました。その重要性を国も認識し、内閣府が制度化や取り組みを推進。事例集や手引書の作成、防災基本計画へ位置づけなどが行われています。
災害は専門化すべき領域ではなく、防災は無理なく続けられることが大切
「災害は専門化すべき領域ではない」と菅野先生。もちろん専門的に対応しなければならない事柄は数多くあるものの、「災害対応はマルチセクターであるべき」だと断言します。
「さまざまな組織やセクターを調整して動かすポジションは必要ですが、ケアなどの面はノウハウをもっている民間企業やNPOなどへお任せする形に変えるべきです。さらには社会保障の対象として被災者を規定し、平時から体制を整備することも必要。その提唱を『社会保障のフェーズフリー化』という言葉を使って行っています」
フェーズフリーとは、平時と非常時という社会のフェーズ(局面)をフリーにしよう、すなわち普段使っているものやサービスを災害時にも役立つようにしようという、防災の新しい考え方です。東日本大震災を機に提唱され、「備えない防災」とも呼ばれています。
「たとえばプラグインハイブリッド車は、災害時の電源供給にも活用できるよう、あらかじめそう設計して商品化しているんですよね。これを社会保障でもやればいいじゃないかと。平時から支援に携わっている人たちも、被災者支援として見たらどう動くべきか、年に1回集まって訓練することも有効でしょう。当然、その財源は保障しなければなりませんが、準備をしておけば、災害時にさまざまな人たちが動くことも可能です」
私たちが日頃意識し、備えておくべきことに関しても、フェーズフリーは有効だと菅野先生。“防災のために”と構えると、苦しくなってしまいがち。日常の中でどう組み込んでいけるか、楽しみながら考えることも大切だと語ります。
「目盛りがついていて計量カップになる紙コップや、防水性に優れた走れるビジネスシューズなど、普段はオシャレに使えて備えにもなるフェーズフリー商品が増えてきています。普段のものを少しだけ買い置きしておいて順番に使っていく、ローリングストックも一種のフェーズフリーです。最近、流行っているキャンプも、普段は楽しみでやっているのに、テントなどの備品や火を起こす技術は災害時にも役立ちますよね。苦しい防災も必要な場面はたくさんありますが、楽しくないと続けにくい。無理のない防災はとても大事なことだと思います」
どう備えるかへの工夫に関心が高まれば、無理のない防災が日常になるはず。災害支援のあり方についても、より多くの人たちの関心が高まるような方向性に注目すれば、社会保障のフェーズフリー化へと近づく後押しになるのではないでしょうか。
プロフィール
文学研究科 人間行動学専攻 准教授。
臨床の社会科学者。博士(文学)。専門は人文地理学、都市地理学、サードセクター論、防災・復興政策。東日本大震災発災直後からパーソナルサポートセンターにて仙台市と協働し、被災者生活再建支援事業・生活困窮者自立支援事業を立ち上げ、現在は理事。最近の主な委員として復興庁「多様な担い手による復興支援ビジョン検討委員会」ワーキンググループメンバー、熊本市「復興検討委員会」委員などを務める。知事特命のアドバイザーとして石川県の災害対応に助言。
※所属は掲載当時