より良い社会を目指して。今も古びないマルサスの視点
私の専門は、人口問題と社会政策です。特に、人口問題と社会政策の関係性をめぐる史的経緯に関心があります。社会問題を解決するためには、歴史から学び、未来につなげることが重要だと考えているからです。
人口問題の歴史を語る上で欠かせないのが、「人口論の祖」と呼ばれるイギリスの経済学者、トマス・ロバート・マルサスです。彼が『人口論』(1798年)に記した「人口の自然増加は幾何級数をたどるが、生活資料は算術級数で増加するに過ぎないから、この過剰人口による貧困の増大は避けられない」という主張は「マルサスの罠」と呼ばれ、広く知られています。
人類が深刻な食糧難、貧困問題に直面するという、悲観的な未来を描いたことで知られるマルサスですが、私は彼が「より良い社会を目指す」という視点を持っていることに注目しています。『人口論』の初版のタイトルにはfuture improvement of society(社会の将来の改善)、第二版以降のタイトルにはhuman happiness(人類の幸福)という副題が入っていて、特に第二版以降では社会の進歩や社会の幸福に関する問題、具体的には教育や福祉のあり方にも重点を置いて論じているのです。
また、マルサスの学説がダーウィンの生物進化論に影響を与えたことも、非常に興味深い点です。マルサスが「食糧難から人々の間で闘争が起こるのは不可避である」と説いたことから、「このような生物闘争が動物の間でも起こる」とする進化論へと発展しました。この進化論が優生学へとつながってしまったという負の歴史はあれど、より良い社会への探求心が学問の進歩につながったことは間違いありません。
これまでの先進国の人口と食料供給を見る限り、マルサスの予言は外れたと言えるでしょう。しかし、マルサスの予言があったからこそ、人々が出生を主体的にコントロールするような意識の変化や、避妊技術の開発が進んだとも言えます。マルサスは社会が大きく変わるきっかけとなるスイッチを入れた人物なのです。
『人口論』の初版刊行から、200数十年。より良い社会を目指すマルサスの視点は、2015年に国連で採択されたSDGsとも共通するものだと感じます。マルサスは、非常に広い視野を持っていた学者として、今も全く古びないし、現代を生きる私たちも学ぶところは大きいのではないでしょうか。
マルサスの『人口論 初版』(大阪公立大学 杉本図書館所蔵)を読む杉田先生
「An essay on the principle of population, as it affects the future improvement of society. With remarks on the speculation of Mr. Godwin, M. Condorcet, and other writers」
人口減少社会とどう向き合う?人口政策の歩みと未来へのアプローチ
プロフィール
経済学研究科 経済学専攻 教授
経済学研究科 経済学専攻 教授
博士(経済学)。大阪市立大学経済学部卒業、大阪市立大学大学院経済学研究科修了。同志社大学政策学部講師、大阪市立大学大学院経済学研究科准教授、同教授を経て現職。著書に『人口・家族・生命と社会政策』(2010年、法律文化社)、『<優生>・<優境>と社会政策』(2013年、法律文化社)、『人口論入門』(2017年、法律文化社)など。俳人・歌人としても活動している。
※所属は掲載当時