GW150914
2017年にRainer Weiss教授, Barry Barish教授, Kip Thorne教授がノーベル物理学賞を受賞したときの東大記者発表解説記事の改変です。
発見の経緯
発見は、アメリカ・ワシントン州ハンフォードと、ルイジアナ州リビングストンに1台ずつある、計2台のadvanced LIGO(改良型LIGO)重力波検出器によってなされました。重力波は、日本時間2015年9月14日18時50分45秒頃、リビングストンの検出器(LIGO Livingston Observatory: LLO)に到達、その約7ミリ秒(0.007秒)後、3000kmほど離れたハンフォードの検出器(LIGO Hanford Observatory: LHO)に到達したのです。低遅延重力波探索ソフトウェアがこの信号を3分ほどで検出し、即日LIGO Scientific CollaborationおよびVirgo Collaboration[用語解説3]の研究者に知らされました。その後の解析によって、この信号は太陽の約36倍の質量を持つブラックホールと、太陽の約29倍の質量を持つブラックホールが合体したことによるものであること、この2つのブラックホールは実に13億光年[用語解説4]ほど離れた距離にあったことなどがわかりました。合体によってできたブラックホールは太陽の約62倍の質量を持っており、回転していることもわかりました。さらに驚くべきことに、合体時には太陽の約3倍の質量に相当するエネルギーが重力波によって放射され、ピーク時には約4 x 1049 ワットものエネルギーが重力波として放射されたこともわかりました。太陽は約4 x 1026 ワットのエネルギーを電磁波として放射しています。どれほどのエネルギーが放射されたか、想像できるでしょうか。
上で述べた7ミリ秒ほどの遅れは、重力波がリビングストンに近い方向から到来したことを示しています。2台の検出器は光の速度で10ミリ秒の時間がかかる距離だけ離れているので、重力波が光の速度で伝わっていると考えて矛盾がないと考えられます。
図1は2つの検出器で観測された重力波の波形を示しています。また、観測されたデータと最も合うブラックホール連星を想定したときに一般相対性理論で期待される重力波波形も示しています。0.2秒ほどというとても短い信号ですが、一般相対性理論から期待される波形と観測された重力波波形が良く合っていることがわかります。また、2台の検出器の信号は良く似ています。これらのことと、10ミリ秒以内に2台の検出器に信号が到達したことは、この信号が本物であることを示していると言えます。
もう1つ、これが本物の重力波信号だと考える理由があります。検出器の出力には雑音があります。この雑音が、「ごくまれに」本物の重力波信号と似た様な波形を示すことがあるのです。このような雑音をフォールスアラーム(false alarm、偽警報)と言います。LSCは、2015年9月12日から10月20日までに取得されたデータのうち、2つの検出器が同時に稼働していたデータ16日分を解析することで、フォールスアラームの頻度を調査しました。その結果、20万年に1回よりも小さい頻度でしか、GW150914ほどにも大きな振幅を持つ、重力波信号に似た雑音は現れないことがわかったのです。
LIGOはその後も観測を続け、2015年12月26日にはGW151226と呼ばれる重力波信号を検出しました。これらの信号はともに2つのブラックホールが合体したことによる重力波であることがわかっています。アインシュタインがその存在を予言してから約百年、重力波が遂に捉えられたのです。
図1:リビングストン(左)とハンフォード(右)にある改良型LIGO検出器で観測された重力波信号GW150914の重力波波形(青)と、一般相対性理論で期待される重力波波形(赤)。2つのブラックホールが合体して一つになる最後の0.2秒ほどの重力波信号を検出できたことを示している。 (https://losc.ligo.orgより改変して転載)
重力波とは何か?
さて、そもそも重力波とはなんでしょうか? アインシュタインの特殊相対性理論によれば、情報は光よりも早く伝わりません。さて突然ですが、今、太陽が突然消え去ったとしましょう。地球は太陽の重力に引かれて太陽の周りを回っています。もし太陽が消え去れば、地球は太陽系から遠く飛び去ってしまうでしょう。ですが、それは太陽が消え去ってから約500秒後のことです。太陽の重力があってその周囲を地球が回っているという事実は、その中心に太陽があるかないかを教えてくれる、いわば情報です。ですから重力とても一瞬では伝わらないのです。
もちろん太陽は消えて無くなったりはしません。ですが、たとえば、とても重い2つの星が互いの周りを回る連星系では、その周囲の重力は激しく変動します。その変動は周囲に伝わっていきます。これが重力波なのです。
光は電磁波の一種です。電荷を持った粒子が加速度運動をおこなうと、粒子にともなう電場とその運動にともう磁場が時間変動をおこし、磁場の時間変動が電場を、電場の時間変動が磁場を生成しながら真空中を波として伝わります。これが電磁波です。電磁波を放射した粒子はエネルギーを失います。
同様に、質量を持った物体が加速度運動をおこなうと、重力波を放射してエネルギーを失います。万有引力と呼ばれるように、どのような物体も重力を発生します。ですから、みなさん同士は重力によって引き合っています。原理的には、みなさんが手を振れば、手から重力波が発生します。
重力波検出の難しさ
アインシュタインは、1916年、一般相対性理論を用いて、重力が波として光の速度で伝わること、すなわち重力波の存在を予言しました。しかし、一般相対性理論の予言する現象の中で、2015年9月まで重力波は検出されていませんでした。
なぜ100年もの間検出されなかったのでしょうか?その理由は重力波の透過力の強さにあります。重力は現在自然界に存在すると認識されている4つの力のうち最も弱い力です。ですから、たいていの重力波は、物体にほとんど影響を与えずにすり抜けてしまうのです。手を振った程度では、発生する重力波の検出などできません。手を振って疲れるのは、重力波を放ってエネルギーを失うからではないのです。直接検出されるほどの重力波が生成されるのは、星などの天体が爆発したり、合体したりするような現象に限られます。
実は重力波の存在自体は、1974年に発見された、2つの中性子星[用語解説5]からなる連星と考えられているPSR1913+16という天体の軌道運動から間接的には確認されていました。2つの星が互いの周りを回る運動によって、重力波が放射され、連星は運動エネルギーを失って、互いの距離が次第に近づきます。この距離の変化を電波を使って精密に観測することで確認されたのです。
PSR1913+16の2つの星の距離は次第に小さくなり、3億年後には合体し、このとき膨大な重力波を放射します。もちろん我々は3億年も待っていられませんが、このような天体は10個ほどがすでに見つかっていますし、2003年にはPSR J0737-3039と呼ばれる、あと85万年ほどで合体すると考えられる天体も発見されました。ですから、PSR1913+16のような天体は、宇宙のそこかしこに存在すると期待されます。今まさに合体している天体だってあるかもしれません。日本の重力波検出器KAGRA[用語解説6]やアメリカの改良型LIGO (aLIGO)、ヨーロッパの改良型Virgoは、2020年代に到達する最終設計感度では、年数十回程度、中性子星連星やブラックホール連星からの重力波を検出することを目指して計画されました。そしてトップを走る改良型LIGOは、2015年秋から観測を始め、歴史的快挙を成し遂げたのです。これがGW150914の発見です。
なお、ラッセル・ハルス(Russell A. Hulse)博士とジョセフ・テイラー (Joseph H. Taylor, Jr.)博士は、PSR1913+16の発見とその後の観測によって重力理論を研究する道を開いたことによって1993年度のノーベル物理学賞を受賞しました。
重力波検出の原理
月の重力が地球に潮汐を引き起こしていることはよく知られています。おおざっぱには、潮汐は地球の中心と月を結ぶ直線上の海面を隆起させ、これと直交する方向で海面高を下げます。実は、重力波も潮汐の時間変動を引き起こすのです。重力波が物体にある方向、たとえばこの紙面に垂直な方向から入射すると、時間の経過にともなって、紙面に平行なある方向、例えばx方向に伸び縮み伸び縮みし、紙面内にあってx方向と直交するy方向では縮み伸び縮み伸びします。ここで直交する方向で伸縮の順番が逆転していることが潮汐の特徴です。重力波の検出は、この差動運動による2点間の距離の変化をレーザー干渉計によって精密測定することによっておこなうのです(図2参照)。レーザー干渉計では、レーザー源から発射された光がビームスプリッター(Beam Splitter, BS)で強度にして50%ずつに分かれ、数km先の鏡(鏡1、鏡2)で反射されて戻って来ます。重力波信号が入射する前、干渉計の2本の腕の長さ(BSと鏡1もしくは鏡2の間)が等しい場合、戻って来た光は互いに破壊的に干渉し光検出器には届きません。ここに重力波が入射すると、腕の長さが変化し、光検出器に光が到達します。光検出器はその微少な時間変動をとらえるのです。
図2:レーザー干渉計による重力波検出の概念図。重力波が紙面に垂直に入射すると鏡1や鏡2の位置はビームスプリッター(BS)に対して相対的に運動する。重力波によって鏡1がBSから遠ざかるとき、鏡2は近づく。干渉計は鏡の位置の差動変動を、光検出器に到達する光の強度変化として捉える。図の構成はマイケルソン型干渉計と呼ばれる。改良型LIGOが採用した現実に近い構成については、7節の補足説明を参照。
問題は重力波が引き起こす2点間の距離の変化です。GW150914では改良型LIGO検出器のビームスプリッターとそれから4km離れた鏡との2点間の距離の変化は、実に陽子の大きさの200分の1程度だったのです。このような極微の変動を捉えようとする重力波検出器にとって、およそ鏡の振動を引き起こすすべてのもの・現象やレーザー光の揺らぎは重力波信号検出の障害となります。改良型LIGO検出器では、7節の補足説明で述べるような様々な技術を使ってこの困難を乗り越えたのです。
図3はハンフォードとリビンストンにある2台の重力波検出器の鳥瞰図を示しています。重力波検出においては、人間の活動も雑音の源になってしまいますから、検出器は人里離れた場所に建設されています。
図3: ハンフォード(左)とリビングストン(右)にある改良型LIGO検出器。ハンフォードでは右下、リビングストンでは中央に写る建物から、長さ4kmの2本の腕(レーザーが通る真空チューブを保護する構造物)が見える。https://www.ligo.caltech.edu/galleryより転載。
今後の展開
図4は、ハンフォードの検出器が検出した重力波信号GW150914の周波数が、0.2秒ほどの間に30Hzから、300Hzほどに高くなっていったことを示しています。合体直前にある連星からの重力波の周波数は、連星の公転周期の逆数の2倍になります。つまり、GW150914では、150Hzの周波数を放射しているとき、1秒間に75回、相手の周りを回っていたことになります。合体直前には、光速の半分以上の速度で運動していました。このような高速で運動する天体について、ニュートン力学を適用することはできませんが、おおざっぱな近似としては役に立ちます。ニュートン力学によれば、公転周期の2乗は公転半径の3乗に比例しますから、150Hzの重力波を放射しているときには、この猛烈な運動速度は、天体間の距離がおよそ350km程度であったことを示しています。
図4:ハンフォードの検出器が検出した重力波信号GW150914のスペクトログラム。各時間にどの周波数でどれほどのエネルギーが重力波として放射されたかを示している。0.2秒ほどの間に、周波数が30Hzから、300Hzほどまで増大していることがわかる。
(LIGO Open Science center より転載。詳細はhttps://losc.ligo.orgを参照のこと。)
GW150914の元となった2つの天体の質量は、太陽の30倍ほどでした。これほど重い天体で、かつ350km以下という距離まで近づける天体は、ブラックホールしか知られていません。GW150914は、ブラックホールが存在する最も確かな証拠を示しているのです。
また、ブラックホールの連星が存在するという発見も新しいものです。理論的には存在することが予言されていたとはいえ、ブラックホール連星は電磁波では観測できないため、宇宙にどれくらいあるのか、また、どのような性質を持っているのか、確かなことはわかっていませんでした。その存在を確かめたことは、重力波を使って宇宙を観測することでしか達成できない、重力波天文学の大きな成果と言えます。今後この新しい天体の研究が飛躍的に進展するでしょう。
一般相対性理論は、現在までにおこなわれた全てのテストに合格しており、実験や観測との矛盾は見つかっていません。GPSが一般相対性理論無しにはまともに運用できないことは良く知られていると思います。しかし、ブラックホールというより強い重力環境下でも一般相対性理論は正しいのでしょうか?ブラックホールの周囲がどうなっているのか、一般相対性理論が予言する通りなのか、まだわかっていません。GW150914やGW151226の観測結果は、検出された重力波が、今のところ一般相対性理論と矛盾は無いことを示していますが、今後より強い重力波が検出されたときに、一般相対性理論のより強いテストができると期待されます。
一般相対性理論は重力波には2つの種類(偏極と呼ばれます)があることを予言しています。一方で、提唱されている他の重力理論の中には、より多くの種類の重力波を予言するものがあります。重力波にいくつの種類があるのかを確かめるには、多くの検出器による同時観測が必要です。日本の重力波検出器KAGRA(かぐら)が本格観測を始めることによって、研究が進むテーマです。
今回は2つのブラックホールが合体することによる重力波を観測したのですが、いずれ、中性子星とブラックホールの合体や、中性子星同士の合体による重力波を観測できるかもしれません。中性子星は普通の物質でできていますから、合体時には重力波だけでなく、電磁波も放射すると期待されます。重力波の来た方向にすばる望遠鏡などの望遠鏡を向けて観測するプログラムがすでに動き出しています。また、電磁波と重力波で同時に同じ方向から信号が観測されれば、中性子星が合体によって崩壊したときに何が起こるのか、調べることができるでしょう。
ただ、LIGO検出器だけでこのプログラムが成功するかどうかは、難しいところです。
というのも、重力波がどこから来たのかを決めるのは、実はとても難しく、GW150914の場合のように、2台の重力波検出器による観測ではほとんど決まらないのです。来年に稼働予定の改良型Virgo検出器や、2018年に稼働予定の日本のKAGRA検出器による重力波国際共同観測網を構築することで、よりよい重力波到来方向の決定がなされます。
中性子星を含む天体の合体現象は、発見以来半世紀近く原因が謎とされる、宇宙最大の爆発現象の1つである短ガンマ線バーストの原因ではないかと考えられています。また、中性子星を含む天体の合体現象は、金やプラチナなどのr過程元素を生み出しているのではないかとも言われています。これらの研究もKAGRAの参画によって進むでしょう。
GW150914を生み出したブラックホールがもともと、どのような星から生まれたのかは謎です。GW150914の場合、合体前の2つのブラックホールは、現在見られるような普通の星からできたと考えた場合に期待されるよりも重いのです。普通の星の名残ではなく、宇宙が生まれて最初にできた星が超新星爆発をおこした名残ではないかとする説が提唱されています。
用語解説
1) LIGO Scientific Collaboration (LSC) http://www.ligo.org
1997年に発足した、アメリカを中心に15カ国83の研究機関から1000人以上の研究者(2016年1月時点)が参加する、重力波に関わる研究をおこなう研究者団体。重力波物理学・天文学を創成することを目指している。LSCはワシントン州ハンフォードとルイジアナ州リビングストンに設置されたLIGO検出器の建設、改良、運用、データ解析、解釈を担う。Cannon博士はLSCに所属し、東京大学准教授に就任後は、KAGRAとLSC/Virgo collaborationとの国際共同研究を推進している。
2) ブラックホール
一般相対性理論がその存在を予言していた、重力が強すぎて、光さえも抜け出せなくなった時空の領域のこと。その質量に比べて極めて小さな天体であることが特徴で、太陽の十倍の質量を持つブラックホールの半径は、30kmぐらいしかない。ブラックホール自体は光らないので電磁波では観測できないが、その周囲の天体の運動や、降着円盤と呼ばれる高温で輝く円盤の存在から、ブラックホールの存在は推測されてきた。1964年にX線観測ロケットによって発見された天体のうちの1つが、1970年代に「はくちょう座エックスワン(Cygnus X-1)」として詳細に研究され、最初の有力なブラックホール候補天体として認識されるようになった。現在では、天の川銀河を含むほとんどの銀河の中心に、太陽の数百万倍から数十億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが存在すると考えられている。星ぐらいの質量のブラックホールは、太陽の20倍から30倍程度よりも重い星がその一生の最後に起こす超新星爆発、もしくは崩壊によってつくられると考えられているが、超巨大ブラックホールがどのようにできたのかは、まだよくわかっていない。
3) 光年(こうねん)
距離の単位。1年間に光が進む距離で、約9.5兆kmのこと。
4) 中性子星
半径10km程度の大きさに太陽程度の質量を持つ、極めて高密度の天体。その密度は、平均するとスプーン一杯で10億トンを超え、また中心部では原子核密度をも超えるため、星内部の物質の性質の解明は未だ地上実験の及ぶところではない。中性子星表面での重力は地球上のそれの1,000億倍を超える。現在まで太陽の2倍程度の質量の中性子星が見つかっているが、太陽の約3倍よりも重い中性子星は理論上存在しえない。太陽の8倍程度から20-30倍程度の質量の星がその一生の最後に起こす超新星爆発によってつくられると考えられている。
5)Virgo (ヴァーゴ、ビルゴ) collaboration : http://www.virgo-gw.eu/
フランス、イタリア、オランダ、ハンガリー、ポーランドの19の研究機関から300人以上の研究者が参加し、Virgo重力波検出器の建設、改良、運用、データ解析、解釈と重力波物理学・天文学の研究をおこなう研究者団体。Virgo検出器はイタリアのピサ(Pisa)近郊に建設されたレーザー干渉計型重力波検出器で、2003年に完工、2007年に観測を始めた。現在改良型Virgoへ改良中である。2017年には改良型LIGOとの共同観測をおこなう予定である。
6) KAGRA (かぐら): http://gwcenter.icrr.u-tokyo.ac.jp
2010年6月に文部科学省の最先端研究基盤事業に採択され計画が開始、2012年1月より着工した、日本の重力波検出器計画。岐阜県飛騨市神岡町の池ノ山地下に建設。世界で初めての地下重力波検出器でもある。2016年3月から4月にかけて、initial KAGRAとして、地下環境下でのkm級大型レーザー干渉計の運転を成功させた。現在改良中で、世界で初めての極低温鏡を用いた地下重力波検出器として、2018年の運転開始を予定。最終的には、改良型LIGO、改良型Virgoと並ぶ感度を持った重力波検出器として、国際共同重観測網を構築する。代表研究者は東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章教授。KAGRA Collaborationは18カ国、80の研究機関から、300人以上の研究者が参加している(2016年10月現在)。
7) GEO600 (ジオ・シックスハンドレッド): http://www.geo600.org/
ドイツ、スペイン、イギリスの3カ国11の研究機関が参加する重力波検出プロジェクト。GEO600は基線長600メートルのレーザー干渉計でドイツ・ハノーファーに設置されている。感度は良くないものの、非常に安定した運転を実現しており、GW150914到来時もデータを取得していた(検出はできなかった)。LIGO検出器の様々な機器や技術の開発も担っている。GEO600 collaborationはLSCと密接な協力関係にあり、GEO600の研究者の多くは今回の発見論文の著者として名前を連ねている。
改良型LIGO検出器が利用している技術に関する補足説明
4節では、重力波検出の原理を説明しました。この節では、どのようにして改良型 LIGOが数々の困難を乗り越えてきたのか、技術的側面を説明します。
図4からも分かる通り、GW150914や中性子星合体による重力波の周波数は100Hz程度となります。したがって重力波検出器の建設においては、1/100 = 0.01秒程度のレーザー強度の時間変動を捉えることを目標に、10Hz-1kHzにおいて鏡とビームスプリッター(Beam Splitter, BS)の距離を変動させたり、レーザー強度を時間変化させたりするあらゆる雑音を減らす努力が必要です。たとえば低周波では地面振動、高い周波数ではレーザーの散射雑音(レーザーが光子の集団からなることによるレーザー位相の変動)が重要です。また、中間周波数では鏡の熱運動、レーザーによって鏡が押されることなどが問題となります。
レーザーの散射雑音は強度を高めることで低減されます。2015年9月から2016年1月まで改良型LIGOの最初の観測(Observation 1 run: O1)では、出力20Wの高出力高安定レーザーを用いました。さらにレーザー光源側に戻って来た光をまたBSに打ち返すことでレーザー強度の実効パワーを高めるパワーリサイクリングを採用しています。またレーザー干渉計において、重力波による干渉計の腕の長さの変化は、検出したい重力波の波長の4分の1の長さまでは、もともとの干渉計の腕の長さに比例します。したがって100Hzの重力波を狙う場合、腕の長さは750km程度が望ましいのですが、さすがにこのような大きさの干渉計を作ることは地球上では無理でしょう。そこで改良型LIGO/改良型Virgo/KAGRAでは、ファブリ・ペローキャビティー(Fabry Perot cavity)を採用しています。現実的な腕の長さ(改良型LIGOで4km、KAGRA/改良型Virgoで3km)を持つ干渉計において、各腕のBS近くに鏡を置き、両端の鏡1、2から戻って来たレーザー光をまた腕に打ち返すことで実効的な腕の長さを稼いでいるのです。また、パワーリサイクリング技術とファブリ・ペローキャビティーの採用によって干渉計の両腕を往復するレーザー光の実効的な強さは、O1で100kWに達しました。最終的には、180Wのレーザーを用いて750kWの実効的エネルギーを注入する予定です。また、レーザー光の空気分子による散乱は重力波検出感度を下げるため、レーザー光が通過する経路は、実に10,000立方メートルにわたって大気圧の10兆分の1程度という高真空に保たれていました。O1 における改良型LIGOの簡略化した光学的構成を図5に示します。
ファブリ・ペローキャビティーを構成する鏡は厚さ20cm、直径34cm、質量40kgの非常に均質で不純物のない溶融石英でできています。重くすることで、鏡のランダムな運動を抑えています。BSやこれらの鏡は中空を浮いているわけではなく、振り子によって吊り下げられています。錘をつけた紐を手で持って水平に振ってみましょう。振り子の自然な周波数(共鳴周波数)以上の速度で振ると吊り下げた錘は手の運動に追随しますが、それ以上の速度で振ると錘はほとんど動かないはずです。基本的には重力波検出器の鏡も振り子によって吊り下げられ、その共鳴周波数を数Hzまで小さくすることで、鏡の運動を地面振動から隔離(防振)し、10Hz-1kHzにおける重力波に対する感度を高めています。このような振り子機構を多段に利用し、能動防振装置に設置するなどして、10Hz以上において防振比100億分の1以下を達成しているのです。
図5: 2015年9月から2016年1月までおこなわれた advanced LIGOの最初の観測時の光学的構成の簡略図。
解説資料等
LIGO Scientific CollaborationによるScience Summary:
日本語による解説記事あり(pdfファイル)
東京大学宇宙線研究所ニュース: 重力波初観測に関する重力波の解説イベント報告リンク集
国立天文台重力波推進室ニュース:Flaminio博士による解説記事、初検出による基礎物理学特別賞受賞のニュース等
カルテクによるLIGO略史解説 (pdfファイル、英語)
日本天文学会・天文月報6月号
日本物理学会誌4月号:『重力波の初の直接検出とその意義』(田越秀行、中村卓史)
日経テクノロジーオンライン(2016/5/23記事)
『重力波の初検出と情報処理技術』(Kipp Cannon、端山和大、伊藤洋介、高橋弘毅)
LIGOイメージギャラリー:https://www.ligo.caltech.edu/images
(執筆:伊藤)